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「お願いだよ、落ち着いて。ちゃんと話そう。僕はね、杏ちゃんを責めるつもりはないんだよ。ただ、今は少し驚いてる。いつもの杏ちゃんとぜんぜん違うから、」
____杏もすき焼き!
そう言ってニコニコ笑う、あの杏ちゃんしか僕は知らない。
リスの仔みたいにきゅるんとしてさ、あの笑顔を見てるだけで癒されるんだ。
「いつもと違う? 当たり前じゃない。だって杏、英海の前では猫被ってたんだもん。別に良いでしょ? 英海、猫好きだし」
あーうん、確かに僕は猫好きだけど、そういう猫じゃないよ。
「今の杏がホントの杏。(ゴソゴソ……)ほら見て。コレ、杏の高校時代の写真。”Hell's Angels” のコピバンしてたの」
そう言って、スマホの画面をこちらに向けて……って、ナニコレ!!
エナメル衣装で髪が立ってる!
しかもメイクが全体的に黒いんだ!(唇も黒だし!)
「可愛くなくてガッカリした? これが正体、これが本性。みんな知ってるよ。英海の前だけ、あんなナヨナヨしてたのは」
ナヨナヨってそんな言い方……杏ちゃん、なんで?
なんでそんなウソをついたの?
しかも3年間もさ。
「バレないようにするのは簡単だったよ。だって、英海は営業だから社内にほとんどいないもの。……あっ! そういえば! 今日、人事の事で小耳に挟んだんだけど、」
人事?
いや、そんな事より杏ちゃんの話でしょう?
猫被りの事も、茉奈ちゃんが言ってた事も、そういうのが先でしょう?
いつもならこんな風にはならない。
話が被れば ”先に話して”、そう言って譲り合ってたのに。
気づかれないよう、ごくごく小さく溜息をついた。
恋愛中、多少の猫被りなら誰でもあると思うんだ。
僕だってあるよ。
好きな子には格好良く見られたいもん。
でも、杏ちゃんは被りすぎだ。
頭が追い付かない、態度の急変も、話がコロコロ変わるのも戸惑っちゃうよ……だがしかし、こんなもんじゃなかった。
この後、杏ちゃんの発言に僕は耳を疑ったんだ。
それが……、
「英海、来月からお客様相談センターに移動になるって本当? そこじゃ営業部と違ってインセンティブつかないからお給料さがるんでしょう? はぁ……私、英海と結婚したかったのにがっかりだわ。大体さぁ、営業成績良かったのになんで相談センターなの? 英海、なんか失敗しちゃったの? 地味な課だよねぇ。クレーム客の話をただ聞いてるだけの仕事じゃない」
え……?
なんだよそれ……いくらなんでもあんまりだ。
力が入らない、脱力するよ。
僕の中で、なにかが壊れる音が……今、確かに聞こえた。
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