第五章 霊媒師こぼれ話_大倉弥生28才の飲んだくれライフ

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◆ アタシが酒を作ろうとして、ママはそれを止めると慣れた手つきでグラスに氷をカラカラ入れた。 そして(常連達のオゴリで)新しく入れたフォアローゼスのボトルを取ると、いつも通り半分まで注ぎ込む。 二人分のロックが出来て、久しぶりの再会に琥珀色で乾杯をした。 チンッ!  とキレイな音がして……だけどこの時、ママのグラスはアタシのグラスよりも下にあったんだ。 アタシのグラスの真ん中あたりに、ママのグラスの淵が当たる。 客とホステスが乾杯する時。 ホステスは自分のグラスを少し下にさげるんだけど……ああ、そうか。 アタシはもう、曼珠沙華(まんじゅしゃげ)のホステスじゃないんだな、店、本当に辞めたんだな……なんて少し感傷にひたってしまった。 「それで? 昼の仕事はなにをしてるの?」 クロコダイルのシガレットケース。 そこから1本メンソールを取り出して、ダンヒルのライターで火をつける。 ママは煙をくゆらせながらそう聞いた。 「ああ、販売だよ。アタシ、デパートで宝石の売り子をやってんだ」 ケースになんか入れてない、クシャッと潰れた裸のタバコ。 メンソールはおんなじだけど、紫色の安いライターで火をつけた。 アタシがタバコを咥えた途端、ママがライターを差し出したけど、こればっかりは軽く手を上げ断った。 だって……なぁ。 「宝石? 弥生が? アンタ、宝石なんかに興味があったの?」 意外そうに目を丸く、だけどママは興味津々といったところだ。 そりゃそうだろ、ママの手にはデッカイダイヤが輝いている。 首もそうだ。 ガバッと開いた胸元には、どこかの国の女王様が着けそうな、ゴージャスなネックレスが飾られている。 ママはこういうの好きだよな。 宝石とか、ドレスとか、それから車も。 「んー、ぶっちゃけそうでもない。キレイだなとは思うけどな。なんで宝石屋かって言うと給料が良かったんだ。一人暮らしだし、ある程度貰えないとやっていけないし。あと、始まる時間が事務職より遅いのが魅力でさ。飲み歩くのに朝早いと辛いからな」 事務職、マジ無理。 始業時間早すぎ。 その点販売業は遅くてサイコー!
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