第五章 霊媒師こぼれ話_大倉弥生28才の飲んだくれライフ

9/36
前へ
/370ページ
次へ
見れば桜がマジギレしてた。 身体の線を拾わない、フワッフワの白いドレスはラインストーンでキラキラしてて、金髪ロングな縦ロール、化粧で作った大きな垂れ目、それを縁取るヒジキみたいなボリュームまつ毛、マスカラは週1ペースで使い切る、……そんな桜が巻き舌で怒ってるんだ。 なんだ? どうした? なにがあったぁ!? 「や、ごめ、桜ちゃん! そんなに怒らないでっ!」 よっわ! ホステスのマジギレに客の方がオタオタしてるよ。 でもまぁ、前ちゃんじゃあそうなるだろうなぁ。 桜がついてる前ちゃんは、曼珠沙華の道を挟んた向かいに建ってる ”リフォーム前島” の社長(シャッチョ)さん。 仕事は真面目、社員思いの優しい男で……確か、20代の一人息子はヨソの会社で修行中だと言っていた。 性格なのか、前ちゃんはホステス相手に無理難題を言ったりしない。 ”好きな物を飲みなさい、食べなさい” といつだってニコニコしてて、前ちゃんの席はホステス同士で取り合いになるほどだ(今夜は桜が勝ったのか)。 それなのに。 「怒るにきまってんでしょ! もうこれで何杯目? 3杯目よ3杯目! テッキーーールゥゥァ(テキーラ)のイッキしろとかブゥワァッカ(バカ)じゃないの!? そらコッチも仕事だから頑張って飲むけどさ! これ以上は無理! 度数いくつあると思ってんのよ! 前ちゃんが飲めば良いじゃん!」 えぇ!? 珍しいコトもあるモンだな。 前ちゃんがイッキしろとか今まで1度もなかったのに、しかもテキーラ? ハードだな、何段飛ばしの要求だよ。 なんか理由があるんじゃないか? 前ちゃんと一緒に来てる、中堅社員の佐藤クンもオタオタしてて、”ゴメンナサイ!” を繰り返してる。 あやまるだけじゃあ理由がワカラン。 行ってみるか、……でもな、アタシはもう曼珠沙華(ココ)のホステスじゃなくってさ、客として来てるんだ。 行くのは簡単……でも、ママを差し置いて出しゃばるべきじゃあないよな。 ああでも行きたい、気になるモンは気になるんだよぉ! なんてウズウズしていたら。 ママがスッと席を立ち、優美な動作で宇宙卓へと歩き出す。 その時アタシをチラリと振り向き、小さな声で ”来る?” って聞くから ”うん!” と返事で着いてった。 他の席のヤツらもみんなワクテカ顔で注目する中、ママは床に膝をつくと静かな声でこう聞いた。 「……前島さん、佐藤さん、桜。一体なにがあったのかしら、」 あ……変わってないな。 この人はいつだって公平だ。 こうやってトラブった時、ママは相手が客だからって、事情も聞かずに女の子を責めたりしない。 両方から話を聞いて、明らかに客が悪けりゃ啖呵を切るし、どんなに太い客だとしてもバッサリ出禁にしちゃうんだ。 「ママァ! 弥生ちゃぁん! 前ちゃんがヒドイんだよぉ! 桜にテッキーーールゥゥァ(テキーラ)連続イッキさせてさぁ! 桜、2杯まで頑張ったけど3杯目とか無理だしぃ! こんなのもう飲めない! やだ! うわぁぁん!」 あーあー、桜め。 テキーラ2杯で酔っ払ったな? 巻き舌にさっきより拍車がかかった、”テッキーーールゥゥァ” って舌嚙むわ。
/370ページ

最初のコメントを投稿しよう!

473人が本棚に入れています
本棚に追加