第五章 霊媒師こぼれ話_大倉弥生28才の飲んだくれライフ

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深夜2時過ぎ。 閉店後の飲み屋の掃除はスタッフ総出で手分けして、連携プレーでちゃっちゃと終わらすのが曼殊沙華だ。 空いたグラスや食器の類はカウンターに集められ、厨房男子が片っ端から洗ってく。 使用済みのおしぼりは、回収袋にどんどん詰めて店の前に置いておいたら業者が回収してくれる。 トイレ掃除は今夜は楽勝、だって誰も吐いてないから。 泥酔客がリバースするとその場で掃除をするけどさ、その日の夜は消毒なんかもするようだから、けっこう大変なんだよね。 それとあとは掃除機だ。 テーブルを端に寄せたら業務用のデッカイ掃除機(マシン)でガーガーとゴミを吸う。 今夜はアタシが掃除機担当、長いコードと格闘しながら端から端まで……ってさ、んもージャマだなぁ。 「オッサンら、視て分かんない? 今アタシ掃除機かけてんの。ジャマだからどっかいってよ」←小声 謎の佐藤君推しのシンジ君3霊は、いまだにココにいるんだよ。 ユーレーだから実際はジャマにはならない(すり抜けるし)。 でもさ、アタシには視えちゃうんだもの、鬱陶しいコトこの上ない。 『なんだよー、冷たいなぁ。一緒にサトクンの恋を視守った仲じゃない!』 『そーだそーだー! それにさ、今夜はサトクンが桜ちゃんを送るの』 『それについて行くようなヤボじゃないよぉ! ふふふ♪』 あー言えばこー言うだ。 でもまぁ、全身黒タイツ野郎じゃないからな。 騒がしいけど害はない。 掃除機まわりをウロウロするのがウゼェけど、そのうちどっかに行くだろう。 …… ………… 「弥生ちゃん、また店に遊びに来てね!」 「昼の仕事頑張って!」 「今夜は楽しかった!」 掃除も終わり、送りのタクシーに次々乗り込む女の子達。 アタシは ”またな” と手を振って、無理やり笑顔を作ってみせた。 なんか……淋しいな。 今夜の飲みが楽しかった分、とてつもない淋しさに襲われた。 でもさ、こういうのって言っても仕方がないじゃない。 みんなにはみんなの生活がある、アタシにもアタシの生活がある。 同じ時間を一緒に過ごして、でも、時間がくればそれぞれ家に帰るんだ。 当たり前のコトだけど、今夜はやけに身に沁みる。 「弥生、これ持って帰んなさい」 店のカギを閉めながら、緑子ママが差し出したのは大きな袋。 エコバック……? ママにしては珍しくファンシーな星柄だ。 なんだこれ、……と中を覗けば大量の食糧だった。 「お店で出してる渇き物と冷凍食品。あと果物も入ってるから、家に着いたら忘れずに冷蔵庫に入れなさいよ」 アタシはそれを見て笑っちゃったんだ。 なんだこの量、アタシは一人暮らしだっつの。 「こんなにたくさん食べられないよ」 「ウソおっしゃい。これくらいアンタなら余裕で食べられるわよ。大丈夫、果物だけは早めに食べて、あとは保存がきくんだもの。少しずつ食べたらいいわ」 強引に袋を手渡しニコリと笑うママの顔。 アタシはなんだか泣きそうで、そんなに飲んでないのにな……と、恥ずかしいからそっぽを向いた。 店を出てから暗くて狭くて急勾配の階段をのぼってく。 上に着いたらママの送りとアタシの送りの、タクシー2台が待ってるはずだ。 それに乗ったら今夜はバイバイ、次はいつ会えるのかは分からない。
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