1. 犬猿のふたり

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 昼食に向かおうとした足を止めて、そのまま研究室まで舞い戻る。音無がいないか不安だったが、他の人は皆ではらっているようで安心する。  パソコンを立ち上げ、支出をまとめたファイルを開く。前年度、前々年度の分も併せて立ち上げ、目を皿にして数字を追う。  確かに金額は年々増えている。だがこれは音無が入所後、目覚ましい活躍により獲得する予算が増えているためでもある。  それを前提にすると、それほど違和感のある数字はない。  ミステリー小説の見過ぎだったかな、と自嘲しながら、悠里はファイルを閉じていく。しかし最後に3行並んだ室長の名前を見た時に、悠里は不意に胸騒ぎを覚えた。  請求書の原本は、こうしてエクセルファイルの台帳に記載した後、請求願を添えて会計に提出してしまう。しかし、悠里は万一のために全ての請求書のコピーをとってファイリングしていた。  よくわからない胸騒ぎを抑えながら早足でキャビネットに向かい、ファイルを取り出してパラパラとめくる。どの請求書も見覚えがあるものばかりで、違和感はない。  なんだ……とやはり安堵しかけた時、ふと、悠里は気がついた。ある請求書の数字の7は、癖のある字だ。この7が今年は、やけに多いのではないか。  じっくり見ようとしたその時、後ろのドアから音がした。悠里はなぜか慌ててファイルを閉じて何事もなかったかのようにしまう。  ドアが開いて同じ林業室の先輩が顔を出す。 「あれ? 斉木さんお昼行ってないの?」 「あ、はい。ちょっと培養室でトラブルがあって。今から行ってきますね」 「そうなんだ、お疲れ様。ゆっくり行っておいでよ」  悠里はパソコンを落とし、平静を繕って部屋から出た。  胸騒ぎがして、しばらく心臓が鎮まりそうになかった。
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