1. 犬猿のふたり

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 コンビニのビニール袋を持って歩きながら、妙な展開になったものだと悠里はこの二週間を振り返った。  産科研の最寄駅から二駅、さらにそこから5分ほど歩いたところにある立派なマンションを見上げる。  都心にもかかわらず敷地内には緑が溢れ、間接照明が照らす薄暗いエントランスホールは高級感に満ち溢れている。  悠里は自分の住むごくごく普通のマンションを思い浮かべ、収入はそんなに大きく違わないはずなのに、なぜこんなに違うのかと比較せずにはいられなかった。  鍵をオートロックに当てて自動ドアを通り、手慣れたようにエレベーターに乗り込んで5階に上がる。503号室の前に立つと、先ほどの鍵を使って中に入る。  分かっていたが家主不在の部屋は真っ暗に静まり返っている。こんな風に、悠里はこの2週間のうちですでに4回音無の部屋を訪れていた。  こんなオートロックを解除できるような鍵を、彼女でも何でもない人間に預けるべきじゃないと何度も諭したのだが、期間限定なんだから持っとけと言って半ば強引に渡されている。  悠里はいつも定時に帰宅するし、あれだけ残業していた音無が定時に帰るのは違和感がありすぎる。普段通り装うならこれがベストだと、仕方なくこの形に落ち着いている。  悠里は家主不在の家で手早くコンビニ弁当を食べると、ノートパソコンと資料を広げて早速作業を始めた。  大宮室長が提出した請求書の発行元をまとめ、一つずつ洗っているところだった。本当は電話なり訪問なりで直接実態を確かめられたら早いのだが、下手に大宮室長と近い人物に繋がってしまうと都合が悪いので、手間はかかるが素性がバレないように調べている。  まだ3社しか洗えていないが、すでに1社はペーパーカンパニーに近い実態であることが判明している。きな臭さが増してきてますます関わりたくない案件だったが、自分の研究者生命が掛かっているとなると引くに引けない。  実際には、産科研は国の研究機関で、国からの要請で研究をしているわけなので、たとえ不正なカネの流れがあったとしても林業室だけ解体されるということはないのかもしれないし、正規雇用している人間を簡単には解雇できないはずだという思いはある。  しかし、林業室が規模縮小になる可能性は十分にあり、そうなった時に林業室から他の人手不足の分野に振り分けられるのはどう考えても若手の悠里だ。  そうなればこれまで森のために必死に戦ってきたのはなんだったのか。悠里は自分の足元が崩れていくような不安を覚えながら、必死に平静を装っていた。
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