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悠里が音無の部屋について二時間が経った頃、音無が帰宅した。
「お疲れ」
「ん」
音無はいつも帰宅すると流れるように悠里の向かいに腰掛けてパソコンを広げ、休む間もなく作業を開始する。
「……ねぇ、ご飯くらい食べたら?」
「あっちで適当に食った」
ここ数日で気づいたが、音無の食生活はめちゃくちゃで、カロリーと栄養さえ足りていればいいと思っているところがある。今日だってどうせ栄養補給食みたいなものを食べてくるのだろうと推測していた。
「ろくなもの食べてないんでしょ。これあげる」
悠里がおにぎりを差し出すと、音無は見たことのないような顔をして固まっている。
「……なによ。タンパク質も食物繊維も炭水化物も取れるしミネラルも豊富なんだから栄養補給食よりはいいでしょ。コンビニだけど」
「いや、お前がおれの心配してくれるとはと思って」
「しっ、心配とかじゃない! 単に、そう、頭が回らなくなると使えないからってだけ」
いらなきゃいいからと下げようとした手ごとおにぎりを掴まれ、悠里は慌てて手だけを引き抜いた。
まるで警戒する猫のような姿に、音無はふっふっふと堪えきれないように笑いながら、礼を述べた。
「ありがたくいただく」
いつまでもニヤニヤしている音無に居た堪れない気持ちになって、悠里は顔を顰めてパソコンの画面に視線を戻した。
余計なお節介を後悔したが、おにぎりを食べて機嫌良さそうにしている音無を見ると、まぁそんなに悪くなかったかと結論づけた。
そのまま二人は二時間ほど調査を進めた。途中悠里と音無は情報共有しながら、この作業の行き詰まりを感じ始めていた。
「やっぱりこうして外部から得られる情報には限界があるな……なんかこう、手っ取り早く不自然じゃなく接触できないもんか」
「そんな都合いいこと……」
はぁと悠里はため息をつき、今日は頭が回りそうにないので帰ろうかと荷物をまとめ始める。カバンの中でファイルに入れられたチラシが目に入り、はたと動きを止めた。
「……ねぇ、今度の森林フォーラムは? うちは協賛だけど私、手伝いに駆り出されて事務局のメンバーなの。受付の名簿と名刺が見られるでしょ」
「……そうか、そこである程度実態のある会社は篩にかけられる」
「うちに関わりがあるような企業ならフォーラムには顔を出すことが多いしね」
音無は感心したように指を鳴らすと、持つべきものは清廉潔白な友だなとつぶやいた。事務作業に信用のない音無はまずこういった仕事を任されない。
それは悠里より音無の研究能力が評価されているからだといつもなら複雑な思いになるところだが、今回ばかりは自分が誇らしかった。
「友じゃなくて同僚よ」
悠里は糸口を見つけて高鳴る胸を抑えながらも、音無の言を訂正するのは忘れなかった。
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