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「このへん、もう探したよ……?」
「あれは?」
半信半疑だった九条も、俺が指差す方を見てはっと目を見開いた。
冷蔵庫と食器棚のすき間に置かれたゴキブリホイホイ。音は確かにその中から聞こえていた。
思わず2人で顔を見合わせる。
「ゴキブリって鳴くんだっけ?」
「あ!もしかして……」
九条が手を伸ばして箱を引っ張り出す。慌てて中を覗きこめば、ちっこいハムスターが、粘着面に手足を貼りつかせてもがいていた。
「ハム!!……よかったぁ……」
「ははっ、くっついてて動けなかったんだ」
頬ずりしかねない勢いで、樹はハムスターに顔を寄せている。良かった。
「無理に剥がすと痛いから、そーっとな」
「うん、獣医の叔父さんに聞いてみる。……ありがとう。えと、名前……」
「とうまだよ」
「と、とうま。ありがとう」
顔中くしゃくしゃにして、九条は俺に笑いかけた。その瞬間、時間が止まったような気がしたんだ。
胸の中がほわっとあったかくなって、内側から優しく撫でられたみたいにくすぐったくて、俺は呆けたまま九条の笑顔に見惚れてた。
ーー今思えば、それが俺の初恋。
好きなものが同じで、嫌いなもんも似てて。話してると楽しくて。気づけばいつも一緒にいた。
今どきの髪形も髪の色も、美容師見習いの姉ちゃんの練習台にされてるからだって知ってる。接客のバイトを始めたのは、人見知りを克服しようとあいつなりに悩んだ末だってことも。
大事なことは、いつだって俺に一番に話してくれた。
いつのまにか俺より5センチも背が伸びて、垢ぬけて。ただでさえ遠くに行ってしまうような気がしてたのに。
この気持ちのまま、俺だけ置いてきぼりかよ……。
やるせなくて薄くなったジュースをすすっていると、九条が接客の合間に耳打ちしてきた。
「あとで買物付き合ってくんない? スニーカー見たい」
「いいよ。俺どっかで時間つぶしてる」
「サンキュ。バイト終わったらメールする」
短いやりとりを交わすと、俺は晴れない心のまま店を後にした。
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