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僕はテゼログ。貴族学院2年目の16歳。……のはず、なのだけど。目を覚ませばなんだかやけに頭が痛い。どこか自分の意識がボンヤリとした感覚で周囲を見回せば。
「旦那様? お気付きになられましたの?」
柔らかい女性の声が聞こえて、僕の顔を覗き込んでいる。……アレ? 彼女は隣のクラスで秀才と名高い子爵家のマリン嬢ではなかったか? あ、いや、彼女の姉? マリン嬢は僕と同い年なのだからこんなに年上では無いよな。
……ん? そういえば、この女性は旦那様、と呼びかけて来なかったか?
「旦那様?」
僕が混乱して彼女の顔をジッと見ていると、彼女は首を傾げる。
「あ、あの、えっと……君は……マリン嬢、かな?」
違うかもしれないけれど、とにかく声をかければ彼女は目を見開いた。まるで驚いたように。……ああ、やっぱり彼女とは違う人か。
僕は羞恥に頬が熱くなっているのが分かる。
「どうしたのですか? 旦那様。わたくしの事をマリン嬢、だなんて。いつもわたくしを“君”としか呼ばないのに。まるで学院生の頃に男性からそのように呼ばれていた頃のようですわ」
「え? 学院生の頃? 君と呼ぶ?」
なんだかよく分からないので混乱が続く。そこで彼女が不審そうな目を向けて来た。
「旦那様?」
「あ、あの、さっきからあなたは僕を旦那様、と呼ぶが。僕はまだ成人も迎えていない16歳ですが」
僕が説明すれば、彼女は更に驚いた表情で口元を抑えると「モッグ! モッグ!」と僕の家の執事を呼ぶ声を上げる。マリン嬢らしき女性は、何故僕の家の執事の名を知っているのだろう?
「失礼致します。旦那様、テゼログ様、私の事はお判りですか?」
直ぐにモッグが現れて僕は頷く。
「うちの執事・モッグだ」
「旦那様、私は執事ではなく家令でございますれば」
いや、それにしてはモッグがやけに歳を取っている気がする。老けた、と言ってもおかしくない。たった1日でこんなに年を取るなど、何が有ったんだ。
「は? 我が家の家令はモッグの父であるヤースだろう?」
僕はいつの間にモッグが家令に昇格したのだ、と首を捻る。ヤースはまだまだ現役だというのに何を言っているのだ。執事は、家の政務を主に請け負い、主人の身の回りを支えるが、家令はプラス財産も取り仕切る。家の財産までは取り仕切れないのが執事。政務と財務の両方に加えて主人の身の回りを手掛けるのが家令だ。その家令に任命という事は、実質当主・跡継ぎに続く権限の持ち主になる。当主の妻よりも権限が強い存在だ。そんな家令に、モッグがいつの間にか就いていたというのか?
「いえ、違います。既に父は引退し、前当主ご夫妻様と共に領地で過ごしております」
「前当主夫妻? お祖父様とお祖母様の元に? なぜだ。ヤースはまだまだ働き盛りだろうに」
僕は不思議に思って首を傾げたが、モッグとマリン嬢に似た女性とが視線を交わし合って真剣な目をしていた。
「旦那様、いえ、テゼログ様。今、あなた様は何歳でしょう?」
「何を言っている。僕は16歳だ」
なんだかよく分からないが答えれば、モッグは困惑したように緩々と首を振った。そして僕に告げる。
「いえ、テゼログ様。あなた様は現在、32歳を迎えられました」
「……は?」
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