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伊織の叫び声で目を覚ました。
あのあと、部屋に戻ると彼女は眠っていた。
途中で目を覚ましても良いように側で見守っているうちにどうやら俺も転寝してしまったようだ。
叫び声を上げながら飛び起きた伊織に駆け寄る。
その小さな肩を抱きしめると、彼女は俺に頭を預けた。
「どうした」
はぁはぁと荒い呼吸を漏らす彼女の額には、大粒の冷や汗が浮かんでいた。
「い、嫌な、夢を見た、の」
か細く呟かれた声に俺は胸が痛んだ。
「そうか。大丈夫だから。ゆっくり休もう」
一定のテンポで背中を叩いてあげると彼女はすぅっと再び眠りについた。
今度は悪夢を見ないといい。
君が苦しんでいると何故か俺まで苦しくなるんだ。
この気持ちは何だろうね。
その日から伊織は外に出る事が難しくなっていった。
新居のマンションへの引っ越しが終わった後、結婚休暇が明けぬうちに休職を取るように勧めた。
気分が優れない日もあれば、頭痛や腹痛、微熱等の身体の調子が思うようにならない日もあった。
呼び寄せた医者によると、どうやら適応障害が再発したのではないかという話だった。
何か心当たりはないかと尋ねられた俺は何も答えられなくて唇を噛んだ。
俺が知っているのはモンテカルロで出会ってからの伊織だけだったから。
彼女の過去について聞くことすらしなかった間抜けな自分を悔やんだ。
恐らく、先日の男が関係しているのだろう。
伊織を襲ったあいつだ。
だが、それを確証させる手立てはない。
明確にしたところで伊織が健康になるとも思えなかった。
ーーーー伊織を苦しめているのは一体なんだ?
顔を青褪めさせながら、震える彼女に俺は何もしてやれない。
ただそばにいてやることしか。
ただ頭を撫でて手を握ってやることしか。
「俺にはこれくらいしか出来ない」
消えない涙の跡が痛々しくて、俺はそこに唇を落とした。
はやくよくなりますようにと願いを込めて。
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