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私が帰国したあと、しばらくして航も戻ってきていた。
そして、私たちは約束通り互いの両親に挨拶に行くことになる。
名取家にお呼ばれした日は朝からそわそわとしていた。
シックで上品なワンピースを着て用意が終わったところで航が家まで迎えに来てくれた。
彼は私を見て早々、開口一番にこう言った。
「緊張してる?」
「少しだけね」
「今日も伊織は綺麗だから大丈夫」
彼の手が私の頬を優しく撫ぜて、そのまま挟む。
その温かさに不思議と落ち着いていったのがちょっぴり悔しい。
オーダーメイドスーツに身を包んだ航は今日も相変わらずかっこよかった。
外から見た名取家はまるで城のような歴史ある重厚な佇まいをしていた。
車で正門を通り抜け、広大な敷地を真っ直ぐに進んでいく。
手入れされた庭には華麗な薔薇園が広がっているのが窓から見えた。
しかし、美しい景色に見惚れている余裕がそこまであるはずもなく、車が進むにつれて私の顔も強張っていった。
ごくりと生唾を飲み込む。
すると、航の手が私の手に触れてきた。
そのまま彼の指は私の指を絡ませ、弄ぶ。
緊張を解そうとしてくれているのかしら?
はっきりと何かを言われたわけではないのに、彼の優しい本音が指から伝わってきたみたい。
『大丈夫だ。俺がいる』
そう言われいる気がした。
思いの外、彼の存在は心強いものであった。
車を降りる直前、彼の顔が近づいてきた。
キスの合図だ。
私が瞼を閉じると、案の定彼の唇が私の唇を奪っていった。
どんな顔をしているのか気になって、私は目を開けた。
いつから目を開けていたのか、彼もまた私を見ていた。
航の妖艶な瞳と眼鏡越しに目が合ったのだ。
どきりと心臓が早鐘を打つ。
彼の流し目が扇情的で、私は心臓を鷲掴みにされた。
「っふぁ、あ」
驚いて思わず漏れた声に羞恥心が募って、私は慌てて瞼を下ろす。
航に見つめられるのは心臓に悪い。
しかし、それを見計らったかのように彼の舌が私の唇を割って入り、歯列をなぞり始めた。
身体が快感と期待に震える。
彼と私の舌が絡んで離れて、またくっついて。
次第に頭がぼうっとしてきて、無意識に私の手は彼のジャケットに縋り付いていた。
ーーーーもっと、欲しい。
互いに息も絶え絶えになったタイミングで、ようやく航の顔が離れていった。
それを残念な気持ちで見送った。
今の私はきっとだらしのない表情をしていることだろう。
「続きはまた今度な」
最後にもう一度だけ私の瞼にキスを落として、彼は車から降りた。
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