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「母さん!!」
「何? いきなり叫んだりして、はしたないわよ。ーーーーそうそう、この前も紬ちゃんがね、遊びに来てくれたのよ。あの子、本当に素直で可愛くて、良い子よねぇ」
後ろに控えている給仕係のメイドたちがくすくすと笑う。
航を除いたここにいる全員が私の敵だった。
泣かない。
絶対に泣いたり、取り乱したりなんかしない。
分かっていたことじゃない。
私は歓迎されないだろうって。
ぐっと拳に力を入れていると、私の拳に航の手がふわりと被せられた。
はっとして隣に座る彼の方を見る。
ーーーーどうして、貴方が苦しそうな、辛そうな顔をしているのよ。
胸が詰まって、思わず泣きそうな笑顔をしてしまう。
すると、より一層彼の形の整った眉毛が下がっていく。
それから、航は勢いよく立ち上がり、私の手を引っ張った。
「行くぞ、伊織」
「え? だけど……」
「この人たちの言うことなんて気にしなくていい」
くるりと振り返り、毅然とした態度で彼は言い切った。
「誰が何と言うおうと俺は伊織と結婚する。これ以上、彼女を傷付けるつもりなら、いくら母さんでも許さない」
私のためだけに放たれた航の言葉に胸がじんとした。
「航、連れてってやりなさい」
そう言ったのは航のお父様だった。
「あなた、でもっ!!」
「父さん、ありがとう」
航は私の手を掴んだまま、この場から連れ出してくれた。
軽い会釈をしながらも、航に引き摺られて出ていった私の姿は大層滑稽なことだったろう。
「ちょっとここで待っていてくれないか。車を持ってくる」
エントランスまで辿り着いたあと、航は私にそう告げてツカツカと足を鳴らしながらどこかに消えていった。
運転手を呼び寄せる方が遥かに簡単なのに、そうしないのは彼なりの私への気遣いなのかもしれない。
そう考えると、胸の奥がくすぐったくなった。
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