91人が本棚に入れています
本棚に追加
彼を待っている間、私は迷惑にならないよう広いエントランスの隅の方に移動した。
少し考えれれば、この行動が悪手なことは理解できそうなものなのに、このときの私は全くと言っていいほどに想像力が働いていなかったのだ。
名取家の人間はもちろん、普段名取家に招待される家柄の人々がエントランスの隅っこにそれも空気のように存在感を消して突っ立っているわけがないのだから。
私も彼らと同じように堂々と振る舞うべきだったのだ。
そうしたら口さがないメイドたちの会話なんか聞かなくて済んだのに。
「今日の人、一体どうやって航様に取り入ったのかしら」
「あら、そんなの身体を使ったに決まっているわ」
「まぁ、ふしだらね」
「でも実際そうでしょ。卑怯で下品な女だから航様に近づいたのよ」
「よっぽどテクニックに自信でもあったのね」
「やだ、想像しちゃったじゃない。やめてよね」
「だけど、そうまでした名取家の財産が欲しかったのかしら」
「ただ航様と寝たかっただけかもね。平凡な女だったし、頭も悪そう」
「奥様が気に入らないのも納得ね。顔から卑猥さが滲んでいるわ」
「まぁ、でも所詮身体だけの女でしょ。すぐに飽きられちゃうわよ」
「捨てられないために必死に身体を開発でもしているのかしらね」
「同じ女として可哀想に思うわ」
「「「あははははっは」」」
笑い声が遠くに消えていった。
私の心臓はばくばくと激しい動悸を繰り返していた。
嫌な冷や汗が背中を伝う。
今にも膝から崩れ落ちてしまいそうだった。
私たちの関係はモンテカルロで身体から始まったものだったから、それはつまりメイドたちの話もあながち嘘ではないことの証明で。
何よりそのことを私自身がはっきりと自覚しているから。
面と向かって訂正できないのがまた悲しいのだ。
向こうから航が颯爽と歩いてくるのが見えた。
「ちゃんとしなくちゃ」
私は気合を入れ直し、戻ってきた彼に向かって微笑んだ。
ーーーーしっかりしなきゃ。
彼の隣に立っていても許されるように。
最初のコメントを投稿しよう!