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 沙耶から聞いた事件が気になり憂鬱なまま昼を過ごした僕は、食レポの打ち合わせのため袖野と正木と共に音無財閥が運営するノンサウンズモールへと足を運んだ。骨董屋から財を成した音無家の当主はビッグオークションを手掛ける人物で、それを代々引き継いでいる。歴史ある富豪を象徴するかのようなショッピングモールはインテリアに掛け軸や屏風をあしらえ、和風テイストの建造物になっていた。  その店内に期間限定でキャリアフェスティバルと称したイベントが行われている。今日はちょうどハロウィンと重なり、このフェスティバルとハロウィンの衣装でごった返していた。展示されている衣装はそれぞれ試着させてくれるようで、店員の衣装から航空会社の衣装に警察官、消防士、コックなど様々な制服が並んでいた。どれも子供の頃に憧れた衣装ばかりで少し僕も着たくなる。今回の取材がキャリアフェスティバルなら絶対着ていただろうけれど、食レポなのでここは止めておこう。  更に特設ブースには衣装を着ての写真撮影や簡単な体験コーナーもあるようで、平日にも関わらず来客者によるコスプレイヤーが多かった。それと併設する形で今日特別にハロウィン用の着替え室まで用意されている。だからお化けの格好をした若者たちも、ちらほら見かけた。 「先生、今日は結構お洒落じゃないですか?」と袖野が上目遣いでこちらを見てきた。 「そうかあ。単なるいつもの出張用スーツだけど」と普段着慣れないスーツのボタンを閉める。 「黒は男映えしますねえ。細く見えますよ」  嬉しいことを言ってくれるものだ。袖野も少しはよいしょができるらしい。 「お、俺もどうかな? ツミッチと同じ黒のスーツだけど」と正木も色付き眼鏡を外してポーズを決めた。 「正木さんはいつもの方が断然いいですよ。完全に個性消えちゃってますから」 「マジでえ」  正木はがっかりしたような顔をしていた。もっと袖野に弄られたかったのだろうが、そう上手くはいかなかったようだ。  ただ周りを見ると僕と同じようなスーツを着たサラリーマンが結構いる。これでは男映えしていると思えないけれど、袖野のクリっとした瞳がこちらを見てニコニコしていたので、それだけでいいかと満足した。 「そういう袖野だって紺のスーツじゃん。もっと可愛らしい格好してくりゃ良かったのに」 「えへへ。少しは大人っぽく見えます?」 「ああ、就活みたいだな。それよりあそこに飾られたワンピなんか似合うんじゃねえの?」  ちょっと揶揄するように子供用のワンピースを指さしてみた。それほど袖野は背丈が小さかったからだ。だがそんな冗談を真に受けてか、袖野は真剣になってそのワンピースを見始めた。 「白いワンピースですか? 入るかもしれないけど、胸がちょっと」 「マジで?」と思わず僕と正木が声を漏らす。目線が自然と袖野の胸元へと釘付けになった。 「こう見えてもあたしって大人なんですう」  胸元に手を当てて自慢げにアピールするように触ってみせる袖野。確かに小柄で童顔なわりに胸はしっかりとあった。あれを見ると少女とは言えない。  じっと二人で胸元を見ていたら、その視線に気づいた袖野は慌てて胸元を隠し、見えないように背を向けてしまった。その時、後ろに大きなバックが見えたので僕は慌てて話題を逸らす。 「ああ。で、そっちの大きなバックは?」 「これエコバックですよ。来年から有料化だから今から備えて。ショルダーバックもあるし、買い物前から荷物ばっか。でもせっかくモールに来たんだし、買い物してから帰らなきゃあ損ですもんね。どの子もどの子も今季の服着てオシャレしてるから、負けらんないですよ」  確かに先ほど通りがかりにあったようなアパレル系の服を着ている女子が多い。男と違って女子たちは子供も大人もマネキンと同じような格好をしている人が多いのだ。ここはきっと女子にとって流行の発信地なのかもしれない。  それに加えてハロウィンの衣装を着ている女子やらキャリアフェスティバルの衣装で歩いている女子もいるので華やかだった。特にハロウィン衣装を着ている女子なんてまともな顔ではない。メイクと被り物で完全に何者なのか分かりゃあしなかった。
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