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四十八
事件解決後、金子と袖野に礼を言った。もともと桜井社長と手を組み、黒岩逮捕を目論みながら動いていた二人。僕が黒岩の娘と結婚した時から桜井社長は僕が二人を利用して何か計画を立てていると見抜き、万が一が起こる前に何としてでも三浦辰巳を止めようと画策していたとか。
結果的に三浦辰巳の暴走は止められたけれど、桜井社長が考えた悪戯で真犯人が羽柴親子を殺してしまったことには後悔が残った。保科千紗をまさか羽柴幸と誤解されてしまうなんて。
羽柴幸がよくモール近くの川橋を利用していたことを知っていた土岐は、そこで彼女が来るのを見張っていたという。もしも母親の言う通り大通りから迂回して羽柴幸が帰宅していたら、この事件は防げたかもしれないけれど、偶然に偶然が重なったとしか言いようがない。そもそも羽柴親子が買い物に来てさえいなければ良かったのにと。
すべては後の祭りだし、この罪は土岐だけではなく事件に関わったすべての者が背負う罪なのかもしれない。
◆
シミュレーション用に生命保険金が書かれた書類を保険屋のおばさんから受け取った。命の代償がどれだけの価値になるか分かればそれだけでいいと思い、金額に目を通すとすぐにその書類をゴミ箱に放り捨てた。すべては小説を書くための情報収集であり、その書類はその一端に過ぎない。
夕方、沙耶と愛美と待ち合わせをして父がいる介護施設へと向かった。その途中、実家に戻り仏壇にお花と線香をあげる。そして庭先をふと眺めた。
「そうだ。愛美。玄関先にある柊から五歩、庭の真ん中へ向かって歩いてくれ。沙耶はあっちの紅葉の木から三歩で、僕はこっちのツツジから小幅で七歩歩いてみるからさ」
「なになに、何かのゲーム?」
沙耶と愛美は楽しそうに外へ出てそれぞれ草木の前に立つ。
「三人がその歩数で歩いてぶつかった場所に祖父ちゃんの宝物が眠ってるから、それを届けてやろうぜ!」
「タイムカプセル?」と沙耶が微笑む。
「宝物?」と愛美が不思議そうな顔を向ける。
そうして歩いた先に二十年前の宝箱が埋まっていた。昔ながらのジャム瓶に入った姿のままで。中身を見ると僕は当時のキャラ消しゴム。姉貴はアイドルのカードだった。そして……
◆
愛美が嬉しそうにジャム瓶を抱えながら、僕らは施設に辿り着いた。
何十年も父の笑顔を見ていない僕は、思い切って二十年前の事件について触れてみる。そして真犯人がようやく捕まったと知らせた。剛田や黒岩だと思っていた父はとても驚いた顔をする。
僕と父が交わした結婚時の契約。犯人が黒岩巌だったら、沙耶と愛美を使って罪を吐かせてみせると。本望ではないが殺意を持ってそう言い切った。
その約束は時が経つに連れて憎しみと愛情が混ざり合い、いつしか殺意が薄れていった。袖野に会い、更にその気持ちが鮮明に消えていく。
矛盾が芽生える中、父親として沙耶と愛美を決して僕のように孤立させたくなかった。憎まれ口を叩かれようとも幸せにしたいし、愛したい。殺したいほど憎たらしいことがあっても、人はこれくらいでは殺さないから。いくら僕が小説にこのようなことを書いたとしても、それを真に受けた土岐や桜井社長が愚か者だ。僕が本気でそう思うわけないだろうに。
万が一、黒岩が犯人で加害者家族になったとしても、被害者家族の僕が護ってみせると心に決めていたから。
「剛田さんじゃなくて、まさかお菓子の土岐さんだったとはのう。黒岩さんにはだいぶ迷惑かけたなあ」
久しぶりに笑顔を見せた父は沙耶に深々と頭を下げて感謝をする。そうして何度も「ありがとう」と言っていた。今更ながら父も「そうじゃないかなあと思ってた」なんて嘘のような冗談まで漏らして。
「黒岩さんに、あの時はすまんかったと伝えてくれ」と沙耶に告げた。
だんだんと笑顔からすまなそうな涙目に変わっていく。
「お義父さん。これからも末永くよろしくお願いします」
父の笑顔が消える前に、沙耶は満面の笑顔でそう言って、しっかりと二人握手を交わした。二人の笑顔が介護施設のクリスマスイルミネーションよりも眩しく、僕らの前ではしゃぐ愛美が天使のようだった。
「ジィジ、宝物だよ。みんな笑ってるね! いい笑顔」
手にはジャム瓶から取り出した一枚の家族写真を握り、見て見てと急かしている。昔懐かしい笑顔溢れる父と母、そして姉貴と僕がそこには映っていた。
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