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 一九九九年十月三十一日、日曜日。 「三ヶ月前にS区のS駅前で起こった無差別殺傷事件の容疑者をようやく逮捕……」  テレビをつけると画面上にそんなテロップが流れていた。小学六年生の僕が行ったことのない遠くの駅名を言われてもさっぱり分からないけれど、どこかでたくさんの人が殺されたということくらいは理解できる。怖いけれど自分とは全く関係のないそのニュースに興味が湧かず、思わずチャンネルを変えていた。他に面白い番組はどこかでやっていないかと暇つぶし程度にリモコンを押してはチャンネルをころころと変えていく。日曜日の昼下がりなんていつもこんなもので、両親も姉貴もまだ帰って来ず、喋る相手すらこの家にはいない。 「世は空前のハロウィンブーム! 子供も大人もみんな仮装をして店へとレッツゴー。一夜限りのお祭り騒ぎだ。トリックオアトリート! ご来場のお客様全員にプレゼントが待ってるぜ。中身は開けてからのお楽しみ」  単なるスーパーのコマーシャルなのに、こっちの方がよっぽど楽しい。そうだ、今日はハロウィンなのだから僕も何か仮装をしなくちゃ。そう思うと居ても立ってもいられずテレビを消して押し入れの中の布団をひっくり返した。何かお化けになれそうなものはないかと、使っていないシーツやら母が丁寧にたたんで仕舞い込んでいた洋服を散らかしていく。  秋の夕暮れ、早く日が沈みかけた頃、準備万端と鏡を見ながら自分の身なりを気に掛ける。意気揚々と玄関先で白いシーツを被りお化けに成りすました。今日は父や母、姉貴をびっくりさせてお菓子をゲットしてやるんだと、その勢いだけで柊の木の傍に身を潜める。  そんな心持ちで家族を待ち構えていた僕に、突如知らない誰かが背後から襲ってきた。巻きつくように喉を締め上げるしなやかな腕に身動きが取れず、叫ぶことさえできなかった僕は訳の分からないまま気を失う。  そうして次に気が付いたのは刃物のような金属と金属がぶつかり合う音が鳴り響いた時だった。ポルターガイスト現象? それともどこかの工事現場? 何の音かも分からないまま倒れた体をくねらす。目と耳は塞がれ、手足は縛られているせいで思うように動けない。そのうち金属音も聴こえなくなり、何とも言えない静けさが漂ってきた。この静けさが異様に怖い。  そんな時だった。誰かが何か喋っているような声が聴こえてきたのは。けれどはっきりとは聴こえない。聴こえないけれど誰かが傍にいるという安心感だけはどこかにあった。このように縛り上げた者がお化けではなかったと思えただけで、これはハロウィンの続きなのだと確信する。悪戯にも度が過ぎだなと怒ってやりたいくらいに。  ここはどこだろう?  縛られていた紐がようやく解け、僕はゆっくりと目を開けた。真っ暗だった視野に灯りの消えた暗い部屋が月明かりに照らされ浮かび上がる。壁掛け時計の秒針音だけが響き渡るとても静かな室内だ。  僕の家なのか? 見覚えのあるリビングの写真盾と倒されたテレビに戸惑いながら、滑りそうになった足元に気を付け立ち上がり、辺りを見渡す。板床にはヌメリとした温かな液体が一面に広がっているのが見えた。暗い部屋ではっきりとしないけれど、足裏に感じる心ざわつく感触と生臭い鉄のような独特な臭いが鼻につく。鼻血が出た時と同じような臭いだ。  なんだろう?  先ほどまでの紐のせいで視覚と聴覚が鈍っていたけれど、それもだんだんと蘇ってきた。床の色は黒光りしていてはっきりとしないけれど、僕はそれが鮮血だと直感する。なぜなら床に見覚えのある女が二人倒れていて、そこからこの独特な臭いが放たれていたから。背中には刃物で斬られたような痕がくっきりと残っている。無数の傷痕を見ていると、もうそれだけで本物の人間ではなく作り物の蝋人形が倒れているかのようにも思えた。ハロウィンにしては圧巻な迫力だけれど、これはお祭りにしては酷すぎる。  それに女二人の傍には見知らぬ男も倒れていた。その人も動かないままじっとしている。そんな男の傍にはこの時代に不釣り合いな日本刀が血まみれの状態で転がっていた。まったくもって吐き気が出そうだ。  奥の畳部屋にも女、子供が倒れている。僕と同じ年くらいの女の子とその母親だろうか? 誰なのかも分からない、見覚えのない親子だ。ただみんな血を流して動かなくなったマネキンのようで気味が悪い。
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