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1 ダブルワーク
薄暗く照明を落としている中で真琴はテーブルを拭いた。照明をつけるとぎらぎらと華やかになるが、こう暗いと必要以上にわびしい気持ちになる。磨いているテーブルがきれいになっているのかどうかよくわからない。拭いても拭いても取れないシミがあり、喫煙者が減った今でもタバコのヤニ臭さが残っている。
どうしてここでテーブルを拭いているのだろうかと、ぼんやりし始めた時「マコちゃん! そろそろ開店するわよ」とママのリカの大きな声がかかった。
「はーい」
真琴はさっと拭き終え、手早くシンクで手を洗い控室に戻る。そして化粧と衣装をもう一度確認して店のフロアに戻ることにした。
明るい窓際のデスクで書類の点検を終え、ふと顔をあげると若い男が窓ふきの作業をしている。いつもならちらっと一瞥しそのまま視線を落とすが真琴ははっともう一度見直した。似てる……。じっと思わず凝視していると事務の内田美彩から声をかけられた。
「林原さん、何をぼんやりしてるんです?」
「あ、ああ。窓の清掃って怖くないのかなって」
「怖かったらああいう仕事選ばないんじゃないです?」
「それもそうか」
「ふふっ。今日は課長機嫌悪そうですよー。気を付けないと」
「だね。ありがと」
「どういたしましてぇー」
舌足らずな声を出し美彩は笑顔を振りまき、ほかの社員にも声をかける。彼女はこの職場の所謂アイドルだ。地味な社員である真琴にも気配りを見せる。真琴はそっと彼女の声を再生させ、脳内で真似をした。彼女をまねることによって多少は店で生かせるだろう。もう一度窓のほうを見るともう窓の掃除は終わっているようで、若い男もゴンドラもなかった。
会社からの帰り道、いつも下を向いて歩くはずだが最近は上のほうばかり見上げあの若い男を探している。もし彼の息子だったら今大学四年生だろう。ちょうど彼と自分が出会ったころと同じだと真琴は回想し始めた。
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