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走り出す!
「行ってきまーすっ!」
まさか新学期早々、遅刻しそうになるなんて!
俺は食パンをくわえたままで家を飛び出した。通い慣れた通学路を猛ダッシュ! 走り出した身体は、そう簡単には止まれない! あと五分! ギリギリだ行けっ!
こんな馬鹿なことをやっていたものだから、曲がり角で俺は何かにぶつかった。鈍い衝撃を受けて俺はコンクリートに叩きつけられる。くわえていた食パンは宙を舞い、通りすがりの大型の鳥に奪われてしまった。
「痛っ……」
「ううう……」
ぶつけた頭を抱えながら、俺は目の前でひっくり返っている人物を見た。この人にぶつかってしまったのか……って、あれ? この人……!
「げぇ! 門脇先生じゃん!」
「お前は……野田!」
俺たちは起き上がって互いに指を差し合った。
「お前……こんなところで何やってる! 遅刻だぞ!」
「先生だって、遅刻じゃん!」
数秒の沈黙の後、俺たちは同じ方向に向かって走り出した!
「うわ、ちょ……先生、走るの早っ!」
「現役体育教師を舐めるなよ!」
「嫌だー! 待って! 置いてかないで!」
俺は必死に手を伸ばして、先生の腕を掴んだ。
「こら! 走りにくい!」
「俺たち同じ運命を背負ってるんだからね! 遅刻する時は一緒……さ!」
「馬鹿なことを……ああ、もう!」
素早い動作で、先生は俺が掴んでいた手を引き剥がして、その手に自分の手のひらを絡めた。俺は先生に引っ張られるかたちで走ることになった。
「え、あ、ちょ!?」
「こっちの方が走りやすい! 振り落とされるなよ!」
「うわああああ! 先生と恋人繋ぎなんて! 罪!」
「馬鹿なこと言うな!」
前を見据える先生の表情は格好良い。女子に人気あるんだ。そんな先生と手を繋いでいることが知れ渡ったら、俺はたぶん女子たちに睨まれる。
なんでだろう。どきどきしてきた。これは優越感? それとも、恋の始まり?
「ね、ねぇ先生!」
「なんだ!?」
「て、手まで繋いだんだから、最後まで責任取ってよ!?」
ぐしゃあ。
先生が派手に転んだので、俺も同じく地面にダイブした。鼻を擦りむいた。痛い。
「お前! 変なこと急に言うな!」
「変なことじゃないから! 学生にとって手を繋ぐってことはそれだけ重いことなの!」
ぎゃあぎゃあ二人で言い合っている間に、ついそこまで迫っていた学校の門がゆっくりと閉まった。俺たちは言い合いを止めて、それを黙って見つめる。
「……初めての共同作業は」
「怒られる、ことかぁ……」
とぼとぼと、手を繋いだまま門の前で仁王立ちしている校長先生の元へ向かう。あれ? なんで手、解かないの?
「……必要なら責任取ってやるよ」
へにゃっと笑いながらそんなことを先生が言うものだから、俺の鼓動は一気に爆発する。えっ、どうしよう。好きになっちゃったかもしれない!
恋心は唐突に走り出す。
仲良く二人で校長先生に遅刻したことを怒られながら、俺は繋いだ手の感触をこっそりたっぷり味わっていたのだった。
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