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赤の祝福
白い雪。
緑の街路樹。
それに、赤い面だ。
読者からの通告があった場所あたりで、何者かに引き込まれた路地の先の、クリスマスパーティ。
クリスマスに浮かれたカップルたちも、派手派手しく着飾った女たちも、クリスマスを肴に酒を楽しむ男たちも、街角で煙草の煙をくゆらせる幾人も。
目の穴も口の穴もない。顔面を覆い隠す赤い面。鼠、狐、栗鼠、蜥蜴。どれも等しく赤い。血塗られたように真っ赤だ。
おれが奇妙なそれらを眺めながら、ガス燈のそばを折れたとき、赤い鮫の面を被っていた男に声をかけられた。
「観光客かな?」
耳に心地よく響くアルトで、面のせいでややくぐもって聞こえる。白髪まじりの髪は後ろでひとつに纏めてある。
「ええまぁ、記事でも書こうと」
「なんと、記者さんか」
側を歩きながら、おれは鮫の男が手に持っているものに視線を落とした。
これもまた、赤い面。……なんだ?
「君もつけるといい」
手渡されたのは、猫を象った面。
「猫……?」
「君は迷い猫だ」
と男は呟くように言い、面の奥で笑った――ような気がした。
それにつられてか、こっちの口角が歪む。異質さ、異様さが心臓を踊らせる。
面から覗くこの街は、細部に至るまでが息を飲むほど鮮やかに見えた。わずかな光も逃さない。微かな動きだって、ほら、あそこの男の目尻の痙攣だってわかる。
誰もがそろって面を着けている理由はこれか。まるで薬物でもやってるみたいだ。
吐く息が熱いよ。
おれは面を着けていない男を眺めて、
「着けてなかったらどうなるんです?」
と訊いた。
ちょうどその時、馬鹿騒ぎする人々に十二時を知らしめる鐘が打ち鳴らされた。広場では赤くぬるっと凹凸のない面をした集団が湧き出した。
面を着けていない男が、その集団に捕らえられている。
はは、と緩んだ口から声が零れた。
鮫の男も笑っている。
「赤くしないと」
と意識せずに呟いた。
あの男、顔が真っ青だ。今日が何の日かわかってないな。クリスマスだぞ。赤と白と緑の、クリスマスなんだ!
赤い面の集団が、男の顔を破壊した。
プレゼント用にリボンで飾られたバット。
物置きの奥にありそうなタイヤレンチ。
カラフルなプラスチック製のおもちゃが男の顔面にめり込む。仮面を着けた者はみな上気して、口々になにかを叫んでいる。
おれもまた、涸渇した興奮を求めるような、奇妙な衝動に駆られて一歩前へと踏み出した。
しかし、鮫の男がおれの肩に手を置いて止めた。途端、静寂が訪れた。キーンと耳鳴りがする。
強引に顎を掴まれ、面をわずかに浮かす。行動の意図が読めず困惑するおれは、紛れもない子供だった。
クリスマスプレゼントが貰えなくて、涙を浮かべる、子供。
「いい記事は書けそうかな」
息が詰まる。
「メリークリスマス、よそ者さん」
仮面は剥ぎ取られた。
その瞬間。
極彩色の街も、顔面を真っ赤にして泣き叫ぶ男も、それを見て喜ぶ赤い面の民衆も、みんななくなった。
いや、あった。目の前に。
着飾った女たちは、襤褸を血に染めてはしゃいでいる。酒を手にした男たちはみんな真っ赤になってなにか叫んでいる。煙草を吸うやつらは……あれはきっと普通の煙草なんかじゃない!
顔面を破壊されているのは、綺麗な身なりをした男だ。
おれの仮面を剥ぎ取ったのは、にったり笑う大柄な男だ。
愉悦に浸って、楽しいだろ。おれもだよ。
蔵をぶちまけてクリスマスカラーを作り喜ぶ気違いと、聖夜を過ごせて。
なんだ、それだけだったんだ。
おれが誘われたのは、貧しいあんたらのド派手なクリスマスかよ。最高だな!おかげさまで最高の記事が書けそうだよ。感謝する。金持ちを連れ込んではめちゃめちゃにして、顔を血に濡らして、赤くなって、はしゃいでる。馬鹿どもめ。
膝が折れて両手をついた、目の前の、白い雪の上に赤い滴が落ちた。赤い視界。赤い涙。赤い吐息。耳鳴り。
頭が熱いよ。
「こそこそしてないで、」
派手にやろうぜ!!
年に一度のクリスマスなんだから!
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