辞めないで!

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辞めないで!

「そういえば今日畠山社長いらっしゃってましたね」 もう酔いも冷めて我が家に着きそうなタイミングで斉間が思い出したように言った。 「あぁ、斉間さん社長に挨拶ってしてたっけ?」 レアポ○モン並に出会えない社長が今日は出社していたことを思い出した。 「はい、初日に人事の宮脇さんにご紹介いただきましたのでその時に」 「そうなんだ。普段全然会社来ないけどね。御子柴さんに丸投げだから。うちの経営に興味ないのかってくらい」 御子柴は(くだん)のクソ取締役のことだ。 うちの会社は総合エンタメ企業の子会社で、社長は親会社から出向してきている50代半ばの男性が務めている。 可もなく不可もなく正直あまり印象に残らない存在だ。 会社が売上を出しているのをいいことに、御子柴があらゆる権限を牛耳り介入させないように画策しているため、親会社も放置というか放任しているようで社長もその路線を踏襲しているのだろう。 売上上がっているといっても中の人がこれだけボロボロならいつまでも続かないと思うけど。 「そうなんですね。御子柴さんもあまり見ないですけど」 「執務室に閉じこもってポチポチゲームしてるからね。あと今は実務に口出しをする気分じゃないんじゃない?思いつきで謎の指示出したりするからみんな警戒してるけど」 「どの部署にもそうなんですか?」 「偉そうに色んなとこに首突っ込んで悦に浸ってんのよ」 突然現場の雰囲気を見たいと言い出し勝手に会議に入ってきて気に入らない社員にダメ出しを繰返したり、斜め上の意見をほざいて意味のない仕事を無茶振りされたりと、被害に遭った大半の社員の不満は溜まっている。 「御子柴さんの話になると妙に饒舌ですね和泉さん」 「いくらでも出てくるよこんなもん。あの人のせいで今会社カオスってんだから。うちのチームの元マネージャーだって御子柴さんがまともだったら辞めてないし」 「…そうなんですね」 そう言って斉間が俯いた。 しまった。 酔いに任せて入社したばかりの部下に会社の闇を喋り過ぎた。 悪い部分ばかり教えて会社が嫌になってしまわれたら困る。 「まあ御子柴さんが黙ってる時は裁量与えられててやり甲斐もあるから悪いことばっかじゃないけどね」 慌てて取って付けたような持ち上げ方をしてしまったが一応事実ではある。 うちのような規模の小さな会社では裁量が大きいこととスピード感だけが売りだ。 御子柴はクソだし面倒だが売上さえ出せば文句を言われることもない。 相当嫌われていなければだけど。 「和泉さんは辞めないですよね」 「うん?斉間さん置いては辞めないよ」 念を押されるように言われ明里にも同じような回答をしたなと思った。 「僕がいなかったら?」 「いや、そりゃまぁ…今頃過労で辞めてたかもだけど」 これはいつも本気で思っている。 ただそれが他の誰でもない斉間でなければこうは思わなかっただろう。 「和泉さんはこの先もうちの会社で働き続けたいと思っているんですか?」 「うーん…どうだろう…今は余裕が出来てメリット・デメリットは半々てとこだからなぁ。他に行きたい会社があるわけでもないし」 「そうですか」 「どうしたの?え、もしかして辞めたくなった??」 めちゃくちゃ焦って声が大きくなってしまった。 困る困る!もしそうなら何としても引き留めねば! 「いえ、僕も和泉さんがいる限りは辞めませんよ」 「え…?」 私がいる限りは…? 斉間はたまにこういった私を守るような発言をする。 それは私に恩義を感じてるからなのか? 大した指導も出来ていないのに? もしくは採用したことを? しかし斉間は別にうちの会社でなくとも良いはずだ。 これだけ優秀ならどこでもやっていけるし、前職の経験があればもっと大きな会社も選べたに違いない。 「だから安心してください」 困惑している私の表情を見つめ斉間が言った。 こちらが泣きたくなるくらい真摯で優しい口調だった。 私が固まって反応出来ないでいるうちに斉間は『おやすみなさい』と言って自宅に向かって歩いて行ってしまった。 私は自宅マンション前に着いていたことにも気付いていなかった。
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