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ふざけんな!
翌朝出社するとプロモーション事業部の島に人が集まってザワついていた。
「?」
何かあったのだろうか。不思議に思いながらタイムカードを打刻し席につく。
先に出社していた斉間も詳細は把握していないようだった。
まぁいいかとノートPCを起動したところでプロモーション事業部の部長である檜山さんと商品プロモーションチームマネージャーの谷川さんが私の席にやって来た。
「和泉さんちょっといいかな?」
「はい?大丈夫ですけど…」
そのまま2人に連れられ会議室に入った。
椅子に座り何を言われるのかと構えていると谷川さんが大きく溜息をついた。
「和泉さん、なんてことしてくれたんですか」
「は?何のことですか?」
「鎌田さんのことだよ。昨日鎌田さんに酷い事を言ったそうじゃないか。昨夜鎌田さんから泣きながら電話があったよ」
「はい?????」
開いた口が塞がらないとはこのことなんだと人生で初めて実感した。
完全に私はこんな顔→( ゚д゚)をしていたに違いない。
続いて檜山さんが咎めるというわけではなくむしろ困った顔で口を開いた。
「僕は和泉さんがそんなこと言うとはにわかに信じがたいんだけど、鎌田さんは和泉さんに言われたことで心が折れて会社を辞めたいとも言ってるんだよ」
「えええええ!!??」
待って待って。
昨日私は何を言った?思い当たる節がなくわけがわからない。
「あの、昨夜鎌田さんと話したことは事実ですが、会社を辞めるほどのことを言った覚えがないです」
「加害者側はみんなそう言うんだよ。被害者の気持ちが分かっていない」
谷川さんが偉そうに言う。
いや、あんな女の気持ちなんてわかるはずがないしわかりたくもねーよ。
「鎌田さんが言うには手伝って欲しいと懇願したのに『自分のことは自分でやれ』と吐き捨てるように言われたと。会社はワンチームだろう。別のチームだからといって見捨てるなんてどういうつもりなんだ」
言われていないし言ってない。
というか上司のお前が真っ先に鎌田を見捨ててるんじゃないのか。あんな時間まで一人で残業させといて何言ってんの。
自分のことを棚に上げる谷川さんの態度にイライラすると同時に、全く見に覚えのない発言をしたことにされていて呆然とした。
実のところそれに近しい発言をしたのは斉間だ。
ただそれをここで言うのは憚れた。
斉間の評価が下がるし、鎌田は『私に言われた』と証言しているのだから本人のいないところで私が部下を差し出したと思われかねない。
どう切り抜けるか逡巡していると会議室のドアがノックされ返事も待たず開いた。
斉間だった。
「失礼します。先程プロモ事業部の方に話を伺いました。鎌田さんの言っていることは事実ではありません」
突然の登場に驚く私達に何かを言われる前に斉間が早口で言い切った。
「僕は昨夜その場に居合わせました。鎌田さんに自業自得だと言ったのは僕です」
「なっ…!」
ギョッとして大きな声が出てしまった。
「鎌田さんは僕を庇いたかったのだと思います。彼女を傷つけるつもりはなかったのですが、それは言い訳に過ぎないと理解しています。申し訳ございませんでした」
勢いよく身体を45度に折り謝罪の言葉を口にした。
「なんだと!」
「ちょ、ちょっと待って。いきなりそんなことを言われてもわけがわからないから斉間君」
谷川さんはブチギレて立ち上がり、檜山さんは困惑する。
私も色んなことが一気に押し寄せてきて脳がパンクしそうだ。
頭を上げた斉間が冷静に昨夜の状況を説明する。
私との仲を誤解されないように会社に居合わせたのは自分も忘れ物を思い出して引き返したとアレンジしつつ、鎌田に言い放った言葉の説明には嘘はなかった。
「大体わかったけど今の話は本当なの?和泉さん」
檜山さんに問われ瞬時に考える。
ここで斉間の言を否定するのはお互いにとって危うい。
「…はい」
絞り出すように答えた。
すると谷川さんが即座に反応する。
「でも!鎌田さんは和泉さんに言われたと言っていたんだぞ!」
「ですから鎌田さんは僕を庇おうとしたんです」
「だからそれはなんで…」
と谷川さんが言いかけたところで遮るように斉間が断言した。
「僕鎌田さんに言い寄られてましたから」
「は…?」
「チャットのログを見ていただければわかります」
証拠を出すことも辞さないという斉間の態度に檜山さんと谷川さんが目を見開いて顔を合わせる。
「ただログを見ていただくのは結構ですが、僕宛のチャットには谷川さんのことも書かれているのでそれなりの覚悟を持ってください」
「はっ……どういうことだ!」
焦った表情を見せる谷川さんに斉間が軽蔑するかのような目を向ける。
谷川さんが鎌田に部下以上の関係を求めていることは社内の暗黙の了解なので、檜山さんも私も何も言えず視線を落とす。
恐らくチャットには鎌田が谷川さんにされたセクハラ紛いのことが書かれていたのだろう。ただ鎌田も谷川さんからの寵愛を拒むことなく受け、さらに最大限利用していたのだから今更何だという話でもあるのだが。
「そのままの意味です。これ以上は不毛なやり取りになるので要約させていただきますと、鎌田さんは僕に一方的に好意を寄せており、さらに僕と和泉さんの仲を誤解していました。僕に自業自得と言われたことにショックを受け、さらに自分にとって邪魔な存在だと思い込んでいた和泉さんと僕が一緒に帰って行ったことを逆恨みしたのでしょう。ただ僕に嫌われたくなあまりに和泉さんに僕の罪をなすりつけた。これが真相です」
再度斉間が頭を下げゆっくりと告げる。
「和泉さんは何も悪くありません。鎌田さんを追い詰めたのは僕です。申し訳ございませんでした」
会議室がシンと静まり返る。
全員が固まり時間が止まったかのようだ。
その後しばらくして頭の中を整理し終えた檜山さんが場を収め揃ってフロアへ戻った。
檜山さんは御子柴さんへの説明に頭を悩ませているようで顔色が悪かった。
逆に谷川さんは怒りで顔を真っ赤にして外に出て行ってしまった。
斉間は何事もなかったかのように隣で仕事を始めている。
私はしばらく何も頭に入らない状態だった。
斉間は私を守ろうとしてくれたのだろう。
あの場では落ち着いているようで焦った表情も見られた。
でも私は悪びれれる素振りもなく同僚のプライベートを曝け出そうとする斉間に対して初めて恐ろしさを感じていた。
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