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いつもこれ!
席に戻った後のフロアは微妙な空気が漂っており、誰も私達に鎌田について聞いてくることはなかった。
仲の良い蟹江は心配してチャットを送ってくれたが、一先ず会社からの説明があるまでは詳細は話せないと伝えた。
鎌田の嫌われっぷりは折り紙付きなので誰が何をどう説明しようと鎌田が悪いんじゃないかと騒がれるだけだからだ。
檜山さんが御子柴取締役に報告を上げ、次の日には檜山さんから会議室で処分についての話があった。
処分は『斉間への厳重注意』のみ―――
「え…私へはないんですか?斉間さんの上司である私もその場にも居合わせました。止める責任があったのに実行しませんでした。斉間さんだけの処分はおかしいです」
「御子柴さんの判断です。理由は鎌田さんの退職の意志が固いことと、斉間さんの証言を全面的に容認したからということだそうです」
「そんな…!でも!」
「寛大な処分ありがとうございます」
私が反論しようとするのに被せ斉間が処分を受け入れた。
「…斉間さんは今後発言に注意してください」
「はい。肝に銘じます。申し訳ございませんでした」
「では話はこれだけです。僕はこれから会議なので失礼します」
斉間と檜山さんが私を置き去りにしてさっさと会話を終わらせてしまった。納得出来ず消化不良な私に一瞥もくれず檜山さんは会議室を出て行き、私と斉間が残った。
…白々しい。
理由はまだあるくせに。
御子柴さんは面倒なことになる前に鎌田を切り捨てたに違いない。
処分と言っても厳重注意レベルなら口頭で注意するだけで記録が残るわけではない。しかしそれよりも厳しい処分となると親会社への説明も必要になる。
つまり説明責任及び監督責任を取らされる御子柴さんが逃げたというのが正しい認識だろう。
私達キャラクター事業部の事業部長は御子柴さんが兼任しており、部をまたいでの問題となると御子柴さんが出てこざるを得ないということも理由の一つであるはずだ。
さらに言えば鎌田は社内で疎まれている存在であり、仕事も出来ないことが色んなところで証明されている。御子柴さんにとっては取るに足らない立場の人間なわけだ。
妻帯者である谷川さんと鎌田のグレーな仲も今回のことで露呈しかねないとなれば、大掛かりな調査は行わず鎌田の退職の意志を尊重するという体でまとめてしまえばいいと考えたのだろう。
…御子柴さんが考えそうなことだ。くだらない。
いつもそうなのだ。
自分に火の粉がかかるような問題は握り潰して誰か一人に責任を押し付ける。それで人が辞めてもまた新たに人を入れれば済むと思っている。
そんな会社の対応に納得できない「まともな人」は退職し、自分に被害が及ばない場所にいる者、仕事が出来ないと洗脳され外の会社に出ていく自信がない者、何も考えていない者くらいしか会社に残っていない。
私はどこに分類されるんだろうか。
棚ぼたで昇進し、ある程度の裁量権を与えられ好きな事を仕事にできている。御子柴さんに対しては○ねよと毎日のように思ってはいるが、あからさまなパワハラをされているわけでもない。
つまり居心地は悪くないということだ。
しかし今回のことでまた会社不信が確実に深まった。
斉間の言ったことが結果的に相手を傷付けたという点で斉間は注意されてしかるべきなのは理解出来る。
ただ会社の組織の問題が回り回って原因となっていることも否めないのではないか。
あのチームで夏目さんが辞めればほぼ同時に鎌田も潰れるというのは明白だった。
逆に鎌田が先に辞めるということであれば結果は違ったかもしれないが、夏目さんの退職を予期できず、さらに引き留めにも失敗した谷川さんやその上にも責任がないと言えるだろうか。
真面目に働き結果を残している人よりも、仕事が出来なくとも上司に気に入られている人が評価されるこの会社の体質が変わらない限り、この先もずっと同じことを繰り返すのに。
「和泉さん、巻き込んでしまい申し訳ございませんでした」
ハッとして顔を上げる。
あまりの腹立たしさに深く考え込んでしまっていたようだ。斉間が隣に座っていることを完全に忘れていた。
「あ、うん。色々言いたい事はあるけど斉間さんがしたことは私にも責任があるし、今後気をつけてくれればそれでいいです。こちらこそ責任を取れずごめんなさい」
「和泉さんに謝られることなんて何もありません。僕は自分が言ったことで面倒を起こしてしまうことがよくあるので気をつけます」
…確かに。
割と思ったことを口に出してしまうタイプのようなのでそれはわかる。
というか自覚あったのか。
本人は一応反省しているようなのでそれ以上は何も言わないでおいた。
そして今後について頭を巡らす。
夏目さんも鎌田も辞めて商品プロモーションチームは谷川さんだけになる。あの人は社内のチーム窓口業務くらいしかしていなかったので実務は壊滅的に出来ない。むしろ出来ないから窓口業務しか任されていなかったという説も…。
とりあえず商品プロモーションの業務は分散され私達のチームもそれを担うことになるだろう。斉間が全面的に悪いわけではないといっても原因を作ったのは事実なのでうちのチームが被ることには問題ないのだが、蟹江のいる広報チームや別のチームにも負担が行くだろうと思うと気が重い。
直接謝ろうにも今回の件の詳細について箝口令が発せられたのでそれも出来ず心苦しさだけが残る。
どうしてこうなった…と思いつつこの会社でのトラブルに慣れてしまっているので今あるタスクをさっさと対処しようと頭を切り替えフロアに戻った。
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