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疑惑…?
その日は胸にドス黒い疑念が晴れずいつまでも眠りつけなかった。
翌日重い足取りで会社に向かう。
別に斉間が何を隠していようと問題はない。
プライベートのことであれば尚更だ。
それなのに私は何をこんなに気にしているのだろう。この抑えきれないモヤモヤした気持ちが何なのか自分のことなのにわからない。
裏切られたと思ってる?
いや、裏切るも何も斉間は嘘をついたわけではない。
ただ言わなかっただけ。
そのことがなぜか胸を抉る。
斉間に対して駒井さんの話は何度かしているのに何も言ってくれなかったのだ。
最後の望みである『知り合ったばかり』の関係であるならきっと今日話してくれるはず。
出社すると斉間は既に席について仕事を開始していた。
「おはよう」
「おはようございます」
顔を上げ挨拶を返す斉間はいつも通りだ。
ドキドキしながら斉間からの話題振りを待つも午前中は特に何もなかった。
席で話すのは控えたのかな?退職した人の話だし。きっとそうだ。
しかし期待に反してその日斉間から駒井さんの名前が出てくることはなかった。ホッとしたようなガッカリしたような複雑な感情が入り交じる。
斉間ではなく別の人が当事者であれば良かったのに。
そんなことを思う自分に驚いた。気付いたら斉間は私にとっての生命線になっていたのだ。業務に必要だからというだけではない。
ギリギリで持っていた自分の精神的な支えでもあった。たかだか入社半年も経っていない部下に過ぎないのに。
「和泉さん、お疲れ様です。お先に失礼します」
「あ、はい、お疲れ様です」
「?なんか今日ずっと考え事されてますよね」
「え?そう?普通だと思うけど」
「ならいいですけど…今日は私用で早めに上がりますが何かあれば言ってください。」
「ありがとう」
お前だよ!お前のことで悩んでるんだよ!!
等とは勿論言えないので営業スマイルで返した。
今は優しい言葉を掛けられるだけでもなぜか動揺する。何か裏があるのではないかと勘ぐってしまうのだ。
斉間の退勤後結局仕事は進まずダラダラと21時過ぎまで働くこととなった。
一人の帰り道。スッキリしない状態が続くのは気持ちが悪いと、思い切って駒井さんに電話を掛けることにした。斉間本人に聞けないあたり自分のチキンっぷりに悲しくなるが、仮に誤魔化されたりしたときに言ってはいけないことまで吐き出してしまいそうで怖かったのだ。
プルル…プルル…
「…はい。駒井です」
「あ、ご無沙汰してます、和泉です」
「和泉さん!?久しぶり!どうしたの?」
「こんな遅くにすみません。しかも随分連絡出来てなかったのに…聞きたいことがあって、今大丈夫ですか?」
「うん、いいよ。もしかして斉間何かやらかした?」
ドクンッ…
思いがけず出てきた斉間の名前に心臓が跳ね上がった。
「え、駒井さん…斉間さんとお知り合いなんですか?」
「知り合いも何も俺が紹介したんじゃん。聞いてないの?」
紹介?勿論聞いていない。本人からも人事からも。
「知らないです…紹介って駒井さんが斉間さんにうちの会社を勧めたってことですか?」
「そうだよ。マジで知らないんだ。なんで言わなかったんだろ」
聞くと駒井さんと斉間は大学が同じで、駒井さんがOBとしてゼミのOB会等を手伝っていた時にゼミ生だった斉間と知り合ったそうだ。斉間は駒井さんと気が合ったようでよくご飯に行ったり就活のアドバイスをしてもらっていたらしい。
駒井さんが辞めた後、残していったメンバーの話をしたところ、色んなコンテンツに関わりたいという理由で転職を考えていた斉間がうちの会社に興味を持ち、入社に至ったというのが経緯のようだ。
確かに斉間の話していたことと辻褄は合う。それでも駒井さんの名前を出さなかったことには疑問が残った。
「なんで駒井さんの話しなかったんでしょうか…」
「わからないけど、まぁ辞めた人間のこと口にしづらかったんじゃない?どこから俺の名前が御子柴さんに届いちゃうかわからないしさ。俺の紹介ってバレたら嫌がらせされるかもだし」
冗談めかして言ってはいたものの声はマジだった。御子柴さんの人間性を思い起こすと否定できない。御子柴さんの駒井さん嫌いは公然の事実だ。その線はあるかもしれない。
「和泉さんは大丈夫?激務にやられてない?ってお前が言うなよって感じだろうけど」
「そんな。大丈夫ですよ。ありがとうございます。斉間さんのお陰で大分負担が減りました」
「それは良かった!紹介した甲斐があったよ。頭良い奴だからさ、きっと和泉さんを助けてくれると思ったんだ。ちょっと軋轢生みやすいところもあるからそこは上手くやってやってよ」
口だけの台詞かもしれないが未だに気に留めてくれていたことは素直に嬉しかった。
後から思うとこの時私の声は震えていたと思う。駒井さんは私の感情を読み取り気を遣ってくれたのだろう。上司時代からそうだった。
駒井さん自身が辞めるときも次の職場に誘ってくれたが、私にやり残したことがあるとわかっていて意思を尊重してくれた。
やっぱりもっとこの人の下で働いてみたかったな。
また今度ご飯でも行こうと電話を切った。
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