どっか行け!

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どっか行け!

仕事だ。仕事をしよう。 余計なことを考える時間があるからダメなんだ。仕事を詰め込んで忘れてしまおう。 その日は斉間とほとんど会話をすることなく終業を迎えた。とっとと帰って寝るもつりが、給湯室で蟹江に捕まった。 「和泉さん、今日終わりですか?飲みに行きません?」 「この顔見てよう誘うねキミは」 鏡を見なくてもわかる。私の目は死んでいるはずだ。 「だからじゃないですか!私も大分溜まってるんで行きましょ行きましょ!」 「ううう…」 蟹江の勢いに負け飲みに繰り出すことになった。 会社の周辺では誰かに出くわす可能性が高いため、今日は少し足を伸ばして神田のクラフトビールのお店で飲むことにした。 店内は平日夜ということもあって仕事帰りのサラリーマン、OLで賑わっていた。 「「かんぱーい」」 グビッと地ビールを一口。堪らん… ミックスナッツをポリポリしながら蟹江が口火を切った。 「つかマジあの女のせいで業務過多ですよ!みんな死にそうなんですけど!!」 あの女は勿論鎌田のことだ。 アホみたいな辞め方をしてくれたお陰で同じ部内の別のチームにシワ寄せが行っている。 辞めた理由の一端を担っている私としても申し訳が立たない。 だからといってあの女が悪いことに間違いはないのだが。 「谷川さんは当然使い物にならないし、とっとと商品プロモーションチームは解散したらいいんですよ」 「まぁねえ…でもそしたら谷川さんが広報チームに来ちゃったりするんじゃないの」 「地獄じゃないですか…」 「うちの会社に平和な部署なんてないよ」 「和泉さんとこは平和でしょ?二人だけだし。今のところは、ですけど」 「いやぁ…二人しかいないからこそ拗れたらめんどくさいじゃん」 「え?何か揉めたんですか?」 蟹江が嬉しそうに尋ねてくる。 「揉めてないけどそうならないとも限らないでしょ」 「んー…まぁそうですね。二人仲良いから想像つかないけど」 「仲良いってサークルじゃないんだから。あくまでビジネスライクだよ」 「ふーん…」 正直自分でも仲は悪くないとは思っていた。ただやはり駒井さんとの密会(と私は思っている)を見た後では、引っ掛かるものがあってそうとも言えない気がしている。プライベートのことだからと割り切ればいいのに何をやってるんだ私は… 「斉間さんと言えば…」 蟹江が何かを言い掛けて顔を上げると私達のテーブルの側に誰かが立っているのに気づいた。 「お久しぶりです」 「「ゲッ…!」」 今1番見たくない顔だった。 「なんで鎌田さんがここに?」 「別にいいじゃないですか私がここにいても」 「は?良くないし。別の人と飲んでるならそっち行きなよ」 蟹江が睨みをきかせガッツリ喧嘩を売る。 蟹江さん顔怖いっす… 多少ビクつきながら鎌田が私を見下ろした。 「和泉さんに話があるんですよ」 「え?私??」 いや、私はない。嫌な予感しかない。頼むからどっか行ってくれ。 そんな私の思いとは裏腹に鎌田がフンッと鼻で息を吐き捲し立ててきた。 「和泉さんのお陰で散々ですよ。私何も悪くないのに」 「悪くないって…事実と違うことを言っておきながらそれはないでしょ」 「そうだよすぐバレる嘘つくからだし」 蟹江も参戦したことで鎌田も2対1であることを思い出したようで、それ以上は反論せず不自然な笑みを浮かべた。 「…斉間さんスパイですよ」 「「はぁ??」」 脈略が無さ過ぎて自分の意識が飛んでいたのではないかと思うくらいだった。 何を言ってるんだコイツは。言うに事欠いてスパイ??脳みそ二次元に浸かり過ぎだろう。 「ホントですもん。斉間さん駒井さんとコソコソ会ってたんですよ」 ドキッ 「駒井さんと?」 蟹江が怪訝そうな顔で返す。 私は固まり表情が作れない。 「やっぱり知らなかったんですね。駒井さん起業準備進めてるんですよ」 「は?まだ転職して1年ちょっとじゃん」 「待って、起業と斉間さんに何の関係が?」 蟹江の反論を遮り私は先を促した。 「分かりません?うちの取引情報を流用するためですよ」 辞めたくせに『うちの』って何だというツッコミはさておき、聞き捨てならない不穏な単語について追及する。 「じゃあ何?駒井さんの起業準備が済んだら斉間さんはうちを辞めて情報を持って駒井さんとこに行くってこと?」 そんな訳があるか。たかだか社員数100人前後の弱小企業であるうちの取引情報が有益であるかは甚だ疑問だが、法に引っ掛かるようなことを斉間がするはずがない。駒井さんもそんな指示は出さない。期間は短くとも二人と一緒に働いたことがある私には確信出来る。 「そうです!私はあの二人が話してることを聞いたので間違いありません」 「何を話したっていうの?」 「ふふん…何だと思います?」 「うっぜえな!勿体ぶるなよ!」 蟹江、元ギャルが出てる出てる。私もブチギレかけたけど。 「…っ!大きな声出さないでくださいよ…」 明らかに怯みつつ鎌田が口を割る。 「この前大崎のオフィスビルのカフェで二人を見つけたんです。気付かれないように近くに座って話を聞いてたら『年明けには起業準備もほぼ終わるからお前も準備しとけよ』って言ってたんですよ」 …いや、お前がスパイやんけ。 そんなことはさておき大崎は駒井さんの勤め先の最寄り駅だ。ということは平日に会っていた?いつかはわからないが斉間は外回りも多いのでそんな日もあったかもしれない。取引先はほぼ固定だし細かいアポイントまでは報告しなくていいと言ってある。 それにしても鎌田の聞いた駒井さんの言葉だけでは斉間がスパイであるかどうかの判断はつかない。それを指摘すると鎌田が待ってましたと言わんばかりのしたり顔を作った。 「駒井さんはこうも言ってました。『例の情報はこっちで預かる』って」
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