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グチグチ
ライブ案件とは別に並行して進んでいるものは当然多々ある。
検品、監修提出、工場との納品日交渉、企画立案、企画書作成、デザイナーへの修正依頼、会議準備、新規アポ取り…等々。
瞬時に優先順位を付けてはとにかく目の前の業務を捌く!捌きまくる!
この日も朝から一息つく間もなく昼休みを迎えた。
「今日は何しよっかな〜なんて日がないのはなんでなの…!」
「どの会社もこんなもんなんじゃないですかねぇ」
思わず出た言葉にすかさず蟹江がツッコむ。いや、わかってる。わかってるよ。でもやることない日があってもいいと思うの。
会社から少し歩いたところにあるパスタ屋で蟹江とランチタイムを過ごしている。
昼休み明けはすぐに会議だ。
その前に吐き出せるだけの愚痴を吐き出す。溜まっているというか常に溜まり続けている愚痴は尽きることがない。
「結局未だに人も入らないしさ、当然仕事は減らないしさ、かといって給料は上がらないしさ、ここで働く意味とは…って考えちゃわない?」
「いやーもう慣れましたけどねー期待するだけ無駄ですよ。てか和泉さんはなんで辞めないんですか?」
毎日が目まぐるしくてそんなことを考える暇もない。なんでかと言われると特に思いつかないが…
「えー…転職活動する気力もないからかな…」
「予算積みまくって気力すら奪うっていう会社の狙いはそこですしね。でも辞める!って決めたら出来ちゃうもんじゃないですか?前の時もそうだったんでしょ?」
「まぁねぇ…でも今持ってる案件は抜けられないし…」
「そうやってグジグジしてるからすぐ次の案件が始まっちゃうんですよ。斉間さんがバリバリ仕事するタイプだって分かったわけだし押し付けちゃえばいいじゃないですか」
痛いところを突いてくる。
「むーー…それはそうだけどさーじゃあ蟹江さんはなんで辞めないのよ」
「私はまだ4年目ってのもありますけど、行きたいとこがあればすぐ転職しますよ。現状他にやりたいことがないからここにいるだけです。それなりに裁量も貰えてるし」
そうか。4年目なのか。私も新卒3年目くらいから転職を考えていたことを思い出す。その後例によってグダグダして結局前の会社では5年働いた。このプロジェクトを終わらせてからと思ってはいたものの、キリがないことにようやく気づき、えいや!で辞めた。残っていた人には悪いとは思うが、なんやかんやで回っているらしいので罪悪感が湧くようなことは考えないようにしてきた。
そして『他にやりたいことがないから』というのには共感を覚える。転職活動をするにしても明確な軸がないとなかなか上手くいかないことを前回の転職で身に沁みて実感した。未経験の分野も含めいつくか応募したものの上手くいかず、結局その時の自分のスキルが最大限アピール出来るこの会社に滑り込んだのだ。ちなみにそれが正解だったかは考えないようにしている。
「って言ってられるのも今のうちかもしんないですけどね」
「え…何。怖いんだけど」
急に不穏な空気に変わる。なんだか今日の蟹江はいつもの蟹江ではない気がしたけど…
「うちのマネージャー、御子柴さんに目ぇ付けられてんすよね」
「そうなの??そんな感じだっけ?」
広報チームのマネージャー原口さんは三十代後半のやり手の広報マンだ。それ程目立つタイプではないが丁寧で確実な仕事ぶりで社内外から信頼を得ており、御子柴さんとも関係は悪くないように見える。
「これまでは目を付けられそうなところを何とか色々躱して来たんですけど、谷川さんが…」
「まさか…」
「そのまさかですよ。鎌田さん、夏目さんと立て続けに辞めて新しい人員補強もなく、谷川さんが御子柴さんに文句言ってるみたいで、それがなぜか原口さんのせいになってるんですよ。」
「いやいやいや、おまいうじゃん。二人が辞めたのは谷川さんが鎌田さんを放置してきたのが原因でしょ。それをなんで原口さんのせいにしてんのよ」
「そんなの全員思ってますよ。御子柴さん以外」
「やっば…」
「原口さんが潰れるか辞めるかしたら私もさすがに考えますね。やりたいことがどうとかよりこの会社から脱出すること優先します」
「うん、それは…仕方ないな…」
反対する理由がない。
いつもは愚痴に乗っかってくれる蟹江が投げやりな反応だったのはこのせいだったのか。正直対岸の火事であるうちは納得ができなくても他人事で終われるが、それが自分に降りかかるとなれば色々と考えるだろう。
「御子柴さんが他に目を向けてくれたら延命も出来そうですけど」
「延命て…それには巻き込まれたくないなぁ」
「うちの会社はどこも炎上未遂しまくってますからわかんないですよ〜」
「うげーやめてよー」
と、自分でしっかりとフラグを立ててしまったことに気づかないままランチタイムを終え、『昼休み明けの会議』という眠気との戦いに臨んだのだった。
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