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嘘でしょ!?
次の日出社するなり人事部長に呼ばれた。
会議室の椅子に座るなり部長が
「申し訳ない!!」
と机に顔が付かんばかりに頭を下げ謝罪してきた。
謝罪されるようなことに心当たりがなく戸惑ってしまう。
「何かありました??全くわからないんですけど」
「いや、実は…」
聞くと4月入社予定だった中途の女性が入社辞退を申し入れて来たという。
はいぃぃ???今になって??そんなことある!??
嘘でしょ!!?
しかし理由が『夫の4月からの大阪転勤が決まってしまった』だからなんも言えねえ…。
噂には聞いていたけどホントに転勤辞令ってギリギリなのね…。
というかこうなった以上これからまた採用活動再開するってこと?
次の人が入って来るのいつになるのよ…。
「今後も継続して求人募集はかけるからもうしばらく待ってほしいんだけどいいかな?」
いいかなっつーかもう耐えるしか選択肢ないやんけ。
急いで業務の割り振りをし直さないと。
私もいい加減限界なので負担が一気に増えてしまい申し訳ないが斉間に振るしかない。
足取り重くフロアに戻り斉間を打ち合わせスペースに呼んだ。
「斉間さん…申し上げにくいのですが急展開が…」
怒りというかこの世の不条理への悲しみしか湧かず声に覇気がなくなっていく。
「このタスクリストのここからここまでは新人さんにお渡しする予定でしたが上段のものだけ斉間さんにやっていただいてもよろしいですか?」
「はい、勿論。というかそれは全部僕に振ってください。マニュアルあるんですよね?」
「え…でも…」
「では取引先への担当変更の連絡だけお願いします。早速マニュアル確認するので送ってください」
「あ、はい。すぐチャットで送りますね」
なんかまた流されている気がするが今は何も考えたくないので本人が嫌でないならお願いすることにした。
もし斉間の力量がそこまででもなかったなら意地でも自分でやっただろうが、現状期待以上の働きを見せてくれているのですぐにこなしてくれそうだ。
マニュアルを送ってホッと息をつくと斉間が私の顔をジッと見ていることに気づいた。
「和泉さん、顔真っ青ですよ」
「え?」
「ご自分が思っている以上に疲れてるんじゃないですか。これまでは和泉さんだけで自分がやらなきゃと思ってやって来たんでしょうけど、今は僕がいます。和泉さんがやってた仕事量は異常だったんですよ。だから僕が入ったばかりだからと言って遠慮しないで仕事を振ってください」
「…っ」
思いもよらぬ言葉に固まってしまい声が出なかった。
気遣われているのだとようやく理解し鼻の奥がツンとなった。
これまでずっと自分の置かれた現状を見ないようにしてきたのだ。
逃げ出せなくて辛くて泣いてしまいそうだったから。
泣いたって仕事は待ってはくれない。
そんな時間があったら1本でもメールを送った方が効率的だ。
どれだけ人員補強を訴えてもすぐには動いてもらえず耐え忍ぶしかなかった。
でも目の前にいる部下が自分を頼れと言う。
嬉しいのに申し訳なさが上回り俯いて顔が上げられなくなってしまった。
「あ、マニュアルありがとうございます。届きました。ではわからないことがあれば質問させてください」
「…はい、お願いします」
下を向いたまま答える。
「和泉さん」
「はい」
なんとか顔を上げると斉間と視線がぶつかった。
「お願いですから無理しないでください。僕もいます」
そう言うだけ言って斉間が席へ戻って行った。
台詞じみた言い方ではない誠実な声色で心からそう思っているのが伝わってきた。
どうして彼はここまで私を心配してくれるのだろう。
不意に疑問が湧き逆に怪しくなってきた。
いや、負担が減るならなんでもいい。
とにかく新たな採用が決まるまでは2人でやるしかないのだ。
頭を切り替え次の会議に向かった。
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