●護法の獣

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●護法の獣

 で、わたしは今、ファミレスのテーブルでひかりと向き合っている。  顔のペンキだけは洗い落としたけれど、服は(ほこり)だらけのペンキまみれ。おまけにコンタクトをなくしたので、今はクソダサメガネだ。  目の前のひかりもあっちこっちに擦り傷を作っていたけど、それでもニコニコしていた。 「ぼく、友達とファミレスってはじめてっちゃん。ハンバーグ頼んでいい?」 「い……いいんじゃない?」  こっちはハンバーグどころじゃない。  ひかりを怒らせたりガッカリさせたりせずに、本当のことを伝える方法を必死で探していた。  今さらひかりと離れるつもりはなかった。できることなら、ずっと一緒ヤミひかチャンネルをやっていきたい。  たとえ、ひかりの力がオバケを引き寄せてしまうとしても、わたしとひかりが力を合わせれば、きっと今回みたいに乗り越えていける。  ただ、そう思えば思うほど、言葉は喉に引っかかって出てこない。  だって……せっかくひかりのおかげで救われたのに、ここで関係が壊れたりしたらどうなる? 思いっきり上げて落とされたわたしの心には、きっとブラックホール級の大穴が開いてしまう。 「あれっ。なんやろうね、あれ」  ふと、ドリンクバーコーナーを見遣ったひかりが、目を(すが)めた。 「狐……犬かな? ばってん(でも)、ここ、ペット大丈夫とかじゃないよねえ」  犬ぅ?  わたしも同じ場所へ目を凝らしたけれど、チワワ一匹見つからない。  と、いうことは……また、普通の人間には見えないものを見ている……?  そのとき、わたしたちのテーブルにすっと影がさした。 「ふうん。やっぱり見えてんだ」  高校生くらいの女性だった。  明るく染めた髪。金フレームのオシャレメガネをかけて、腕には数珠(じゅず)を巻いている。山伏なんかが持つイラタカ念珠(ねんじゅ)だ。  ラフなTシャツとジーンズ姿なのに後光が差して見えるのは、表情に自信がみなぎっているせいか。  後ろには同年代の女性がふたり立っている。  わたしは……その三人全員に、見覚えがあった。 「ディッ……『ディバイン・ベルズ』!?」 「あれ? あたしたちのこと知ってんだ。うれしいな」  金縁(きんぶち)メガネの女性が人なつっこく笑った。  一方、ひかりはピンとこないふうに首を傾げている。 「……誰?」 「ばば、ばかばか! 怪談配信の大先輩よ! 有! 名! 人!」  もう一度説明しよう。  ディバイン・ベルズ(通称ディバベル)は三人組の女子高生怪談ユニットだ。UMOVER(ユームーバー)事務所に所属して音楽活動もやっている。  金縁メガネはそのリーダーでボーカルの、天堂(てんどう)智里(ちさと)さんに違いなかった。  実家がお寺なので、ついたあだ名が「寺生まれのチサティー」。 「フォロワー10万で有名人は大げさかなぁ。まだまだだよ」  チサティーさんはケラケラと笑うと、すっと真顔になった。 「君ら、ヤミひかちゃんだろ。配信、前からちょくちょく見てたよ。こりゃそのうち伸びるだろうなーってね。ただ、ここ最近、良くないのにつきまとわれるみたいだったから、ちょい心配してたんだよね」 「ふぇ。あ、はぁ」 「特に今日、土曜なのに定期配信がなかったじゃん? そんでなんだか胸騒ぎがしてね。念のため、あたしの護法(ごほう)を送っといたんだが……まあ、何事もないようでよかったよかった」 「ご、護法(ごほう)」  そ、それって確か……修験者が使うっていう、遣い魔みたいな……?  わたしはドリンクバーコーナーに目を向けた。  よく見るとストローの袋が、つむじ風にあおられたように、同じ場所でくるくる回転している。  空調の風が妙な具合になっているのか、それとも……やっぱり何かいる……のか?  わたしは思い出す。  ディバイン・ベルズのメンバー……寺生まれのチサティー、教会育ちのセーラ、神社住まいのレンレンの三人は、実は……そんな噂があったことを。  もちろん、わたしはこれっぽっちも信じてなかったんだけど……まさか……?  そんなわたしの疑念を見透かしたように、チサティーさんは犬歯を剥き出して、にやりと笑った。 「ま、真偽の判断はお任せするよ。信じるも信じないも、あなた次第――ってね。さて、急に邪魔して悪かったね。あたしらはこれでおいとまするけど……その前に、もうひとつだけ。……ヤミひかちゃん、あたしたちとコラボする気ない?」 「へあっ!?」  コッ、コッコッコッコラボ!? 「コラボ……って(なん)?」  ひかりは、まったく事態の重大さを理解してない様子でキョトンとしている。わたしは思わず食い気味に詰め寄った。 「ディ、ディバベルと一緒に動画録らせてもらえるってことよッ。ディバベルっていったら怪談配信界隈でも人気トップクラスだしフォロワーめちゃくちゃいるしッ、それでわたしたちを知った人たちがブワーッとこっちもフォローしてくれるかもしれないのッ。ブワーよ、ブワー!!」 「ぶ、ぶわー……? ようわからんけど、すごかとやねえ」  そんなわたしたちのやり取りを見て、チサティーさんの脇に控えていたふたりが言った。 「うふふ、そんなに構えなくて大丈夫よ~。女の子の怪談配信者同士、お近づきになりたいってだけ~」 「おふたりのことは、以前からコラボ候補にあがっていたんです。ただ、フォロワー数が1000人以下のチャンネルですと、なかなか事務所の許可が下りなくて……。この機に、一度ご検討いただければ幸いです」 「や……ややや、やりますッ!」  わたしは脊髄(せきずい)反射で絶叫していた。 「この闇の語り部、ミステリアス霊感美少女夜神ヤミがッ! 必ずやご期待に応えてみせますッ! 神秘と幻想の物語を、もう語って語って語り倒してやろうじゃありませんか!」  びしっとミステリアスかっこいいポーズを決めると、チサティーさんはちょっと後ずさりながらうなずいた。 「お……おお。そっか。よかった。じゃあ、ヨロシクね」  なんかビミョーに引かれてる気がするけど、まあいいや。  わたしは幸せいっぱいな気持ちで天井を見上げた。  まさか、棚ボタ式にこんなビッグチャンスが転がりこんでくるなんて。あぁ、怪談やっててよかった。生きててよかった……。  ……って。  待て待て待て待て? ちっともよくないぞ。  わたしは我に返り、一瞬で青ざめた。  こんな流れで「実はわたし、霊感ないんです。テヘッ☆」なんて、口が四つに裂けても言えっこない。  絶望的にな気持ちで視線を戻すと、おひさまみたいな笑顔のひかりと目が合った。 「ヤミちゃん、よかったねえ」 「アッ……うん、まあ……そうね……」 「コラボっていうの、ぼくも楽しみたい。ぼくね、これからも、ヤミちゃんと一緒にいろんなことやりたか(やりたい)。お母さん()探すためだけじゃなくって……ヤミちゃんと一緒なら、きっとなんでも楽しいけん。だから、これからもよろしくね!」  わたしは。  わたしは……。 「え……ええ。よろしく、ひかり……」  泣きたくなるような気持ちで、ウソにウソを塗り重ねる道を選んだ。  これがウソをついたことへの天罰だとしたら、神様ってやつはとんでもないイジワル野郎に違いない。  たったひとりの友達を失わないために、これから自分挑まなければならないギリギリの綱渡りのことを思うと、胃がきゅっと縮んだ。  つらすぎる……。ハードモードすぎる……!  わたしは虚空をめがけ、声なき声で叫んだ。  ふええ~ん!! 結局、自分のウソがいちばん怖いよ~!! (#1 からっぽのハリコさん――おわり)
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