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陸橋の下を急行電車が轟音とともに走り去っていく。それが通り過ぎたあと、はたして地面に倒れていたのは襲いかかってきた不良たちだった。
入学当初から執拗につきまとってきたこの不良たちに勇三が実力行使に出たのは、これが初めてだった。
原因は彼の髪の色にあった。派手な赤は柄の悪い連中や教師に目をつけられ、そのたびにこれが生まれつきであることを弁明しなければならなかったのだ。
それでも相手の理解を得られず、さらに危害が及ぶようなことがあれば、勇三はそれに応えることも辞さなかった。その思いがけない反撃と、それに伴う痛みに不良たちは驚きの混じったうめき声を漏らしていた。
「くそ」勇三は言った。「遅刻しちまう……」
ため息をつき、その場から離れようとする勇三の背後で、不良のひとりが立ち上がった。彼はふらつきながらも倒れる仲間をかきわけ、傍らに落ちていた鉄パイプを拾った。その拍子にアスファルトの上で金属音がしたが、折悪しく動き始めた貨物列車の走行音に紛れてしまう。
不良の歩調が早まる。その目は正気からかけ離れ、相手に痛みを与えようとする怒りがにじんでいた。背後で鉄パイプが振り上げられても、勇三が気づく様子はない。
陸橋に頭蓋骨と、鉄パイプとがぶつかりあう音が響く。こめかみの後ろ、耳の上に一撃を受けた勇三は、しかしその場に倒れこむでもなく、首を少しかしげるような姿勢のまま、直立不動でいた。
握りしめていた鉄パイプを投げ捨てるように手離すと、不良は両手の指先を激しく振った。その顔は、まるでコンクリートの地面でも打ったようなときのような痛みと痺れに歪んでいる。
振り向いた勇三はたじろぐ相手の首を掴むと、片手でその大柄な身体を持ち上げ、線路に面したフェンスに押しつけた。相手が両脚で空中をかきながら腕を叩いてくるなか、鉄製のフェンスが大きくたわみ、錆びついたボルトが軋みをあげる。
「いきなり、なにすんだよ……」フェンスの向こうを通り過ぎていく貨物列車が視界に映るなか、勇三は言った。「人殺しにでもなるつもりか?」
「ば、化け物……」
その呻きを耳に、勇三は不良を脇へと放り投げた。
地面を這うように後ずさる不良に背を向けた勇三は、なにも言わないままその場を立ち去った。
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