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「おっす、勇三!」
高校の正門を通り過ぎた勇三が振り返ると、そこには三人の同級生が立っていた。
「おう……」
言葉少なに応じる勇三の肩に、声をかけた福島啓二が腕をまわしてくる。
「なにしけた顔してるんだよ!」
「べつに、なんでもねえよ」
その反応にも啓二は人懐っこい笑顔を崩さなかった。勇三も笑顔を見せなかったものの、彼の過剰なスキンシップを鬱陶しくは思ってなかった。
「ふたりとも、転ぶと危ないよ」
塩見広基がどこか場違いな注意を促してくる。その声音は穏やかで、長身でがっしりとした体格だが威圧感は少しもなかった。
「勇三の愛想の無さはいまにはじまったことじゃないしな」
三人目、照輝彦が肩をすくめながら言うと、隣の広基がゆっくりと頷いた。
「男同士でなにいちゃいちゃしてんのよ」
背後からの声に勇三たちがが振り返ると、ふたりの女子生徒が立っていた。
「なんだよ市川」啓二が言う。「友情のスキンシップだよ。おまえも混ざる?」
「冗談言わないでよ!」
声をかけた張本人、市川サエが茶色に染めた髪を振り乱して気色ばむ。
「じゃあ、友香ちゃんは?」
啓二が視線を転じると河合友香は身を縮こませながら、サエの切れ長の目とは対照的などんぐり眼で四人の男子を見まわした。
「はーい、ウチそういう店じゃないんでやめてくださーい」サエが身を挺すように男子たちと友香とのあいだに割って入って言う。
「出たなチーママ!」
「誰がチーママよ!?」
「なんだよー、ノリノリのくせに」
そんなやりとりをする啓二とサエを中心に、六人は連れ立って校舎へと足を運んだ。
「速水くん」広基を挟んだ向こう側から、覗きこむようにして友香が声をかけてくる。「おはよう」
勇三は一瞬、驚いたような表情を見せたあと、伏し目がちに視線を逸らすと「おう……」と返した。
「なんだよ勇三、照れてんの?」
「そんなんじゃねえよ」
このやりとりを目ざとく見つけ、茶化してくる啓二をかわすように足を速めると、勇三はひとりで校舎を目指していった。
「ありゃりゃ、また例の病気が出たか」その背中を見ながらサエが言う。
「病気?」
「あいつ、昔から女の子が駄目なんだよね 。普段むすっとしてるのが余計に悪化しちゃうんだ。だから気にすることないよ、友香」
勇三はこのやりとりを背中越しに聞いていた。
サエの言うとおり、彼は女性が苦手だった。特に苦手だったのは〝女性〟をあからさまに感じさせてくるような相手で、友香のように女の子然としていたり、強い色気を漂わせてくる人物には大きな動揺や拒否反応を示してしまう。
友香には悪いと思ったものの、こればかりは勇三自身もどうしようもなかった。
理由は簡単に思い当たる。幼い頃に母親を事故で亡くしたからだ。おまけに父親まで行方が知れず、養父母である母の妹とその夫……つまり叔母夫婦を除けば、勇三は天涯孤独の身だった。
自分の家族や大切な人、とりわけ母を思わせる人物に対して、勇三はどう接していいのかがわからなかった。
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