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「じゃあ、また明日な!」
男子高校生はつねに腹が減るもんだ、そんな勝手な持論を押しつけてきた啓二に付き合い、学校帰りに立ち寄ったお好み焼き屋から出た頃には、日もすっかり暮れていた。
駅前の商店街で友人たちと別れた勇三は、飲み屋の建ち並ぶ帰り道をひとり歩いていた。
電車に乗ろうかとも思ったが、徒歩で帰れない距離でもない。腹ごなしにはちょうどいいだろう。叔母夫婦から離れてひとり暮らしをしてからはたまに自炊もしたが、大抵はこうして外食するか、買ってきた惣菜で済ませていた。
三人の友達にはそれぞれ家族がいる。啓二はお好み焼きを三枚もたいらげたが、きっと家族とも食卓を囲むのだろう。
そう考え、勇三はふと口元を緩めた。両親のいない自分に向けた冷笑ではなく、なんの気遣いもなく接してくれる友人たちに向けた親しみのあらわれだった。
帰りがけに食材の買い出しでもしようか、そんなことを考えていた勇三が不穏な雰囲気を感じ取ったのは、賑やかな街灯の光から切り離された裏路地の奥からだった。
またヤクザの喧嘩か、顔をしかめながらその場を通り過ぎようとする。
最近はこうした連中が増え、このあたりもずいぶん治安が悪くなっている、なるべく関わり合いにならないのが身のためだった。
無視して立ち去ろうとしたにも関わらず、裏路地に視線を注いだのは何故だったのか……はっきりとした理由こそわからない。
だがまるで磁石が引き合うような感覚のもと、勇三はそちらに目を向けていた。
裏路地の手前には殺気だったヤクザたちが数人立っていたが、彼の視線を惹きつけたのはその奥に立つひとりの少女だった。勇三だけではない、強面の連中の誰もが、剥き出しの敵意とともにその少女を凝視していた。
いっぽうの少女のほうも泣いたり怯えたりもせず、堂々とさえ言える態度だった。
「捜したぜ」ヤクザのひとりが少女に言う。その声は凶暴な喜びにいろどられながらも、子供ではなく野獣でも相手にしているような緊張感を帯びている。「おれから盗んだ金を返しな。そうすりゃ半殺しで済ましてやる」
「そのあと外国にでも売り払うつもりだろう? 信用できないな」
この返答に数人のヤクザが聞き取りづらい恫喝を口々に飛ばしたが、少女は依然として涼しい表情をしている。
「お嬢ちゃんよ。それだけわかってるんなら、もう少し聞き分けが良くてもいいんじゃねえか?」
最初に話したヤクザが甘ったるい声で呼びかける。どうやらこの男がリーダー格なのだろう、格好も他の連中とは違ってこざっぱりしたスーツ姿だ。
「いやだと言ったら?」少女が平然と訊き返す。
そのとき、背後から忍び寄っていたヤクザのひとりが、少女を捕まえようと両手を構えていた。
危ない。勇三がそう口を開きかけた直後、少女が視界から消え、一瞬後には相手の下あごに鋭い蹴りを突き刺さしていた。
「気をつけろ! ただのガキじゃねえぞ!」
言うが早いか身構えるヤクザたちだったが、蹴りを食らった男が昏倒するまえに別のヤクザがさらにもうふたり、獣のような素早い身のこなしの少女によって打ちのめされていた。
地を駆け、壁を跳び、空を舞う。そのあざやかな動きに勇三は目を奪われた。
だがダメージが軽かったのか、倒されたうちのひとりがゆらりと立ちあがった。
その正面に、さらに三人を倒した少女が着地する。よみがえった男は少女を背後から羽交い絞めにした。
少女はもがいたが、さすがに大人の力には敵わないらしい。
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