2/4

73人が本棚に入れています
本棚に追加
/78ページ
 額にじわりとにじむ汗が不快感と一緒に頬を伝い落ちてきた。行き先など初めからわからない。めぼしい場所も行きたい場所もどこにも無くただ道なりにぼんやりと歩いていた。  図書館の案内標識が目に映ると呼ばれるようにその方向へと歩いていた。 「図書館か……」  本は漫画以外読んだ事がないので、図書館は小学生の時に見学に来て以来入ったことがなかった。  一瞬中に入るかどうか悩んだが、今にも靴底を溶かしてしまいそうなほど熱くなったアスファルトから逃れるように館内へと入っていった。  久しぶりに入る図書館に何だか新鮮な気持ちになる。建物の外観はよく見るし待ち合わせでもよく使うのだが、驚くことに館内の雰囲気はほとんど覚えていなかった。  大小仕切られた館内で多くの人が本を探しているのが見える。  その館内の一角では制服姿の学生が勉強をしていたり、若い母親が子供に絵本を読み聞かせていたりもしている。  ロビーの床は艶々と光る真っ白な大理石で、図書館という空間をいっそう厳かな雰囲気にしていた。  人が多い割には静かな空間、自分が歩く足音が響きそうで妙に緊張する。田舎者が初めて都会に来た時のように辺りをキョロキョロと見渡しながら歩いていると足元の感覚が変わった。本棚の周りは紺色のカーペット敷になっている。これも真剣に本を読んでいる人たちへの行き届いた配慮なのだろう。  哲学、文学、社会科学、自然科学、言語、その一つずつに棚が設けられていて、多くの本が並んでいるのは圧巻の他に言葉が見つからない。ただその全てに興味がないので本の背表紙をただ何となく流し見していた。  近くに座って本を読んでいた女性と目が合った。彼女の視線は僕を値踏みするかのように頭の先から足の先まで見ると再び本に視線を戻した。あなたはまるでこの場所にそぐわないわねと言われた感じがした。  小さな自尊心から試しに哲学の棚から一冊抜き取って開いてみたが、全く意味がわからない。日本語なのに日本語ではない感覚。  まるで内容を理解したかのように何度か意味もなくうなずき、本をあった場所にそっと戻した。さっきの女性に見られているのかと思うと恥ずかしくて仕方なかった。  この場所から早く立ち去りたい。その一心で近くの階段に向かった。  初めて自分の無学無知を後悔した。  階段を上がった先は芸術のコーナーになっていた。絵画、彫刻、写真、音楽に演劇、ここだったら多少はマシだと思う。  小難しく難解な文章より写真や絵の方が分かりやすい。  西洋美術から学ぶ世界史と書かれたタイトルの本を手に取る。開いてみると見知った絵画が幾つもある。  さっき手に取った哲学の本よりまだ幾分理解はできる。それは自分と接点のないこの場所をつなぎとめる生命線のように見えた。  その本に載っているいくつもの絵画は、どこかで目にしたことのある絵だったが作者やタイトルは完全にうろ覚えだ。  ページの半分が絵画になっていて作者とタイトル、その時の世界情勢や裏話みたいなものまで書かれていた。何となく手に取った本は次第に心を夢中にさせていく。  偶然開いたページの絵画に目が止まった。白い馬に乗る裸の女性の絵だった。赤く美しい装飾品に身を包んだ馬は威風堂々としている。それとは対照的に裸の女性は恥ずかしそうにうつむいていた。そのギャップが琴線にふれた。 「ふーーん。そういうの好きなんだ」
/78ページ

最初のコメントを投稿しよう!

73人が本棚に入れています
本棚に追加