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突然後ろから話しかけられた。
驚いて大きな声が出てしまった僕に、話しかけた女性は自分の人差し指をきれいに整った桜色の唇に当て、静かにと言うようなジェスチャーをして見せた。
さっき下で見た女性だった。その彼女がなぜ僕に話しかけてくるのか全く意味が分からない。
次の瞬間、散らばっていた記憶の中のいろいろな物がつながり始めた。
「えっ!? えーーっ!? マジで?」
優しく笑いかける女性の顔に見覚えがあった。見覚えどころかつい最近まで毎日顔を合わせていたのだ。
「いずみちゃん?」
「いずみちゃんじゃないでしょ! 月形先生でしょ」
そう言った女性は僕の通う高校の担任の先生だった。
月形泉。二十代後半の若い女性の担任だ。
普段学校で見る姿とは全くの別人で、その格好は二十歳前後と言っても何の違和感もない雰囲気だった。
「いやいや……ありえんし」
「ありえんて何? 私の格好のこと?」
下であったときとは逆に今度は僕が上から下まで改めてその格好を見た。
「いや……格好もだけど……休みの日に先生と会うとかマジ無理」
「格好もって何なのよ! それにマジ無理とかそんな言い方をしないの」
頬を膨らませて怒っている顔など、どう見ても同級生らと遜色もないくらいに若い。
先生と分かっていても妙にドキドキする自分がいた。
「だいたい先生のその格好もだけど、話し方も学校とは全然違うし……」
「あーーあれね……学校にいるとどうしてもお堅い感じになっちゃうでしょ?それに学校での話し方なんて営業トークみたいなもんだし……何か問題でもある?」
目の前にいるのは担任なのだが全くの別人に見える。学校で授業をしているときは、地味なパンツスーツ姿に黒縁のメガネ、長い髪も無造作に束ねただけのどちらかと言えば地味な女性教師の印象しかなかった。
しかし目の前にいるその女性は全くの別人と言っていいくらいだった。長い髪もとかれて緩いカールがかかり、いつもは前髪と黒縁メガネに隠れてる瞳も赤いアンダーリムのメガネと相まって大きく見える。服装もゆったり目のシャツにマキシスカート、白いサンダルからのぞくペディキュアは夏っぽい水色だった。
知らずに街で見かけたら思わず目で追ってしまうんじゃないかと思えるくらいの別人だった。
その姿に改めて息を飲んだ。
「彼の描く絵って繊細で奇麗だよね。それで艶っぽいし」
いずみちゃんが僕の持ってる本をのぞき込みながら話しかけてきた。
「いずみちゃん詳しいの?」
「詳しいってほどじゃないけど、高校までは美術部だったしね。人並みには知ってるくらいかな。それにいずみちゃんじゃなくて先生ね!」
教師とはいえ小柄な女性なのでどうしても見下ろしてしまう形で話す格好になる。逆に彼女は上目遣いで実年齢よりもどことなく幼く見える。
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