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 「おつーー」  帰り道の途中、不意に声を掛けられた。自宅のある団地の前の階段で、声をかけてきたのは同級生の長友恵(ながともめぐみ)だった。小学校から一緒の彼女は同じ団地の隣の棟に住んでいる。  幼なじみというよりは姉弟(きょうだい)みたいな感覚に近い、そして恵は決まって僕の姉役だ。  小さい頃泣き虫だった僕の手を引き、一緒に遊んでくれていたのが恵だった。何をするのもいつも恵が先で、その後を僕が着いていくことが多く自然とそうなったのだ。 「おつありーー」  いつものたわいもない挨拶を返す。 「恵はいつもの散歩?」  「まぁね。で、(いつき)はどこに行ってたの?」 「図書館……」 「図書館? 珍しい。漫画以外も読んだりするだ」  恵が馬鹿にした様に笑っているのが何だか癪に触った。楽しかった気分を土足で踏みつけられた様で、少し腹がたつ。 「勉強なら私が教えてあげよっか?」 「馬鹿にすんなよな」 「姉として心配しただけよ」  完全に馬鹿にされてしまっている。多少腹が立つ事もあるが、妙な安心感もあったりするのが不思議だった。 「ちなみに俺はデートしてたの」  そもそもデートでも何でもなく、偶然担任と会っただけの話だが、馬鹿にされたのが悔しくてつい見栄を張ってしまった。 「嘘つくならもうちょっとマシな嘘つきなよ」 「嘘じゃねぇし、恵も一人で散歩なんかしないで彼氏ぐらい作ったらどうなんだよ」 「私はそんなのいらないし、必要ないから作らないだけ」 「と言う事でじゃあな」  恵の話を続けさせない様に自分の言葉で話を切った。  僕は勝ち誇ったかの様に笑うと、恵に背中を向け階段を上がって行った。  何段か上がった時に振り返ってみると、僕の気配に気付いたかの様に恵もこっちを向いていた。恵は挑発するように人差し指で下瞼を下げて見せる。  家に戻ると母親がいつものように、どこに遊びに行っていたのと尋ねてくる。当たり障りのない返事で、そのまま目を合わせる事もなく自分の部屋に戻った。  いつもの見慣れた自分の部屋が今は妙に稚拙に見える。物も多くお世辞にも奇麗ではない、年相応の男の部屋。  無性に部屋の模様替えがしたくなった。  いろいろな物を動かし不要なものは捨て、物が少ないシンプルな部屋にしてみた。  ただ、模様替えの最中に何度か家族から「うるさいそんなことは昼間にしろ」と文句を言われたがやめる気はなかった。
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