偽り芝居

2/8
前へ
/8ページ
次へ
 「ここかぁ…」  カフェに辿り着く。  俺は恐る恐るドアを開くと、オレンジを頼んで椅子に座る。  カフェには数人だけで、俺は見知った人影がいることに気がつく。茶髪でお下げの女の子。そばかすの子と雑談でもしに来たのだろう。  やがて彼女は俺には気付かず、飲み干したコーラのグラスを返却しに立ち上がり、そのとき俺をなんとなしに、チラリと見やる。  反射的にメニュー表で顔を隠す。女の子は俺に気付いていないようで、そのまま返却口に空のグラスを返しに向かった。「ごちそうさまでした」という明るい声がその五秒後に響く。  「…カフェラテで良いか。」  俺は友人の分を勝手に追加で頼もうと、立ち上がる。  だってあいつはもうじき来るだろう。『いつか』も、時間に決してルーズではないから。  「あ、久しぶり!」 「あっ、う、うん。また学校で」  ほら、やっぱり。  俺は女の子といつかの声を聞きながら、店員さんを呼ぶ。  「カフェラテ、追加でお願いします。」 「かしこまりました…あれ、お連れの方も御注文なさるのでは?」  新人とおぼしきバイトはいつかを見た。確かに、いつかは目の前のメニュー表に釘付けだ。  「あー、良いんです。どうせ、カフェラテを私に頼むはずなんで」 「そうでしたか。失礼しました。カフェラテ、ですね。」  オレンジジュースの甘い味と共に、店員は去っていった。  と、同時にいつかがやってくる。  「やっほー。」 「ああ、やっほー。」 「私、カフェラテが良い」 「もう頼んだ」 「さすがだね」  いつも通りの、端的な言葉たち。しかしそのどれにも辿々しさが感じられる。  熱々のカフェラテが目の前のいつかに差し出された後も、俺らは暫くだまったままだ。  沈黙だけが、ここに流れる。  こういう時、こいつからいつも話してくれるのだが…  …………駄目だ、もう俺から話さねばならないのだろう。  「…………ねえ、いつか」 「何?」 「この前は、悪かった。」 「…私こそ、ごめん。…殴っちゃって。」  悲しそうに伝えられ、俺は頬の腫れに思わず振れる。少し熱さが残るこの傷は、お母さんを激昂させるのには十分な傷だったな。  小さい頃はどんな怪我も軽く済まされていたのに、全く、今は執拗に誰にされたか聞かれるから、話さざるを得なかった。  暴力はいけない。だからこそ、今回は完全にいつかに非があると、回りの誰もが思うだろう。俺達が喧嘩の内容を頑なに話しはしないのだろうから、余計に。  「傷、痛まない?」 「ああ、なんともない。」  本当はまだじんじんしてはいるが、嘘をつく。ほら、いつかの顔が安心した顔になったから。  また暫く沈黙が流れる。ストローで半分くらい、氷を避けて飲む。味が段々薄くなる。  「…あのさ、そっちは?」  カップの取っ手を持ったまま、うつむいたいつかはやがてこちらを見る。  「私の方は大丈夫。そっちこそ、どう。つまんないだろ」 「ううん。思ったより幸せだよ。変なの。」 「うん、そうか。合ってるな」 「合ってるね、私達。」  俺はそこで、言わせてはいけない言葉を言わせてしまったことに気がつく。本人が認めたくない事実を認めさせて、殴られた腹いせだとでも思っただろうか。  「いや、悪い。そんな気じゃなかった。あくまで相性として、だ。な、悪かった。」 「わかってる。わかってるから、良いよ。」  そう、あくまで相性は合っているだけで、けして馴染んだとか、そういうわけじゃない。  いつかもそれはちゃんとわかってくれたようで、やっとカフェラテを飲んだ。  俺もオレンジを飲んだ時、不思議だが味はわから無かった。
/8ページ

最初のコメントを投稿しよう!

1人が本棚に入れています
本棚に追加