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「ここかぁ…」
カフェに辿り着く。
俺は恐る恐るドアを開くと、オレンジを頼んで椅子に座る。
カフェには数人だけで、俺は見知った人影がいることに気がつく。茶髪でお下げの女の子。そばかすの子と雑談でもしに来たのだろう。
やがて彼女は俺には気付かず、飲み干したコーラのグラスを返却しに立ち上がり、そのとき俺をなんとなしに、チラリと見やる。
反射的にメニュー表で顔を隠す。女の子は俺に気付いていないようで、そのまま返却口に空のグラスを返しに向かった。「ごちそうさまでした」という明るい声がその五秒後に響く。
「…カフェラテで良いか。」
俺は友人の分を勝手に追加で頼もうと、立ち上がる。
だってあいつはもうじき来るだろう。『いつか』も、時間に決してルーズではないから。
「あ、久しぶり!」
「あっ、う、うん。また学校で」
ほら、やっぱり。
俺は女の子といつかの声を聞きながら、店員さんを呼ぶ。
「カフェラテ、追加でお願いします。」
「かしこまりました…あれ、お連れの方も御注文なさるのでは?」
新人とおぼしきバイトはいつかを見た。確かに、いつかは目の前のメニュー表に釘付けだ。
「あー、良いんです。どうせ、カフェラテを私に頼むはずなんで」
「そうでしたか。失礼しました。カフェラテ、ですね。」
オレンジジュースの甘い味と共に、店員は去っていった。
と、同時にいつかがやってくる。
「やっほー。」
「ああ、やっほー。」
「私、カフェラテが良い」
「もう頼んだ」
「さすがだね」
いつも通りの、端的な言葉たち。しかしそのどれにも辿々しさが感じられる。
熱々のカフェラテが目の前のいつかに差し出された後も、俺らは暫くだまったままだ。
沈黙だけが、ここに流れる。
こういう時、こいつからいつも話してくれるのだが…
…………駄目だ、もう俺から話さねばならないのだろう。
「…………ねえ、いつか」
「何?」
「この前は、悪かった。」
「…私こそ、ごめん。…殴っちゃって。」
悲しそうに伝えられ、俺は頬の腫れに思わず振れる。少し熱さが残るこの傷は、お母さんを激昂させるのには十分な傷だったな。
小さい頃はどんな怪我も軽く済まされていたのに、全く、今は執拗に誰にされたか聞かれるから、話さざるを得なかった。
暴力はいけない。だからこそ、今回は完全にいつかに非があると、回りの誰もが思うだろう。俺達が喧嘩の内容を頑なに話しはしないのだろうから、余計に。
「傷、痛まない?」
「ああ、なんともない。」
本当はまだじんじんしてはいるが、嘘をつく。ほら、いつかの顔が安心した顔になったから。
また暫く沈黙が流れる。ストローで半分くらい、氷を避けて飲む。味が段々薄くなる。
「…あのさ、そっちは?」
カップの取っ手を持ったまま、うつむいたいつかはやがてこちらを見る。
「私の方は大丈夫。そっちこそ、どう。つまんないだろ」
「ううん。思ったより幸せだよ。変なの。」
「うん、そうか。合ってるな」
「合ってるね、私達。」
俺はそこで、言わせてはいけない言葉を言わせてしまったことに気がつく。本人が認めたくない事実を認めさせて、殴られた腹いせだとでも思っただろうか。
「いや、悪い。そんな気じゃなかった。あくまで相性として、だ。な、悪かった。」
「わかってる。わかってるから、良いよ。」
そう、あくまで相性は合っているだけで、けして馴染んだとか、そういうわけじゃない。
いつかもそれはちゃんとわかってくれたようで、やっとカフェラテを飲んだ。
俺もオレンジを飲んだ時、不思議だが味はわから無かった。
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