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「その時、あなたは九十五歳。今でさえおぼつかないのに、その年齢まで正気を保っていられると思いますか。あなたがCEOの座にとどまったまま頭がボケてしまったら、会社はそれこそ取り返しのつかない損害を被るのですよ」
「孝雄。お、お前という子は……」
こめかみに血管をくっきり浮かび上がらせた。
「なぜそうまでして、遥香に後継の座を譲ろうとするのですか」
明美が涙を溜めた目で言う。
「なぜ……だって? 分かり切っているじゃないか。この世でもっとも大切なのは、家族なんだ。血を分けた身内なのだよ。だからこそ西園寺コーポレーションは、血脈によって継承されつづけなければならない。その条件を満たしているのは遥香しかいない。お前たちが子供を残さなかったのが悪いんだろうが」
「私は逆に、この世でもっとも恐ろしいものが血脈のような気がしています」
孝雄がまっすぐの視線で言った。
「なんだと」
「お母さんを見ていると、つくづくそう思える」
「孝雄、お前という子は……」
梅子は噛みつかんばかりに前歯を剥きだした。今にも血管のひとつがプチッと切れてしまいそうな、凄まじい形相である。
「だったら出ていくがいい。お前たち二人は西園寺グループから出ていくがいい!」
「そのつもりです」
孝雄が泰然と返した。
驚いたのは梅子のほうだ。
「な、なに」
と首に筋を立てる。
「私も姉も、今回は覚悟を決めました。私たちの会社は、西園寺グループから脱退し、独自の道を歩きます」
「そんなことは許さない」
「おかあさんの許可など必要としません」
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