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梅子の瞳から涙があふれ落ちた。
「なのに……それなのに……お前たちは……その私に向かって……血脈ほど恐ろしいものはこの世にないだなんて……。よくも……よくも、そんな非情なことが言えたもんだ……」
梅子は顔を両手で覆うと、わっと泣き声を発してその場にしゃがみこんだ。背中を揺らしながらすすり上げる。
まるで幼児が親に叱られて泣いているような、身も世もない泣きじゃくり方だった。
孝雄と明美は言葉を失ったように立ち尽くしている。
詩織は遥香を見た。
彼女の横顔もまた、悲痛にゆがんでいる。
かつて政界のフィクサーと謳われ、戦後日本を陰で操っていたとされる西園寺重吉――。
彼の築いた一大帝国である西園寺コーポレーションが、今、詩織の目の前で音を立てて瓦解しようとしている。
小さな三十畳ほどの空間の中で、一つの時代が終わりを告げようとしていた。
詩織は感傷的な気持ちに襲われた。
詩織だけではないだろう。室内にいる誰もが絶句し、西園寺帝国の終焉に心を震わせている。
ドアをノックする音がした。
扉が開いて若い男性使用人が入ってくる。
「今、警察の方がみえました。洋子奥様の身柄を預かりにきたと言っています」
全員が梅子を見る。彼女がどう反応するかに注目している。
梅子は静かに立ち上がった。
細く弱々しい声音で言う。
「こちらに入っていただきなさい」
「いいのですか?」
使用人が驚いたように尋ねる。
「いいからお通しして」
「はい」
使用人は踵を返し、部屋を後にした。
詩織は部屋の隅で息を潜めながら、事の成り行きをじっと見守っていた。
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