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「どけ!」
涼介が妹を横に払い、梅子を羽交い絞めにしてソファに押し倒す。
「落ち着いてください」
漆原が大声を発した。
「みなさん、落ち着いて。暴力はいけません!」
――だから全員退室するようにと最初に言ったんだ。
漆原は心中で恨み節を吐いた。
興奮状態の涼介は、ソファに倒れ込んだ梅子を見おろすと、あざけるように罵声を放つ。
「ざまあみろ、クソババァ。これで西園寺家の血脈は完全に途絶えたことになる。天罰がくだったのさ」
「やめて、兄さん」
遥香が叫んだ。しかし涼介は止まらない。
「あんたの一生は、壮大なる徒労に終わったんだよ、梅子さん。分かるかい? 苦労の末に莫大な財産を築き上げたはいいが、その果実はすべて血の繋がらない赤の他人によって食い尽くされる。どんな気分だい? 自分の生涯が、まったくの無意味だったと思い知らされた今のご気分は」
「やめなさい」
ぴしゃ、と音が鳴った。
遥香が兄の頬を打ったのだ。
「刑事さん」
場の空気を鎮めるように、西園寺孝雄が声を発する。
「話をつづけてください」
明美も同調して口を開く。
「私たちは事件の全容を知る必要があります。みんなも静かに刑事さんの話に耳を傾けようじゃありませんか」
その発言をきっかけに、荒んでいた場の空気は落ち着きを取り戻していく。
涼介は荒い息のまま、近くの椅子に腰を下ろした。
「分かりました。それでは……」
全員が鎮まったのを確認して、漆原は再び口を開いた。
「待ってください」
微かな声がして、漆原の発言が中断された。
見ると、洋子が涙に濡れた瞳で漆原を見上げている。
彼女は合図を送るように漆原に向かってうなずき、それから西園寺家のひとり一人をゆっくりと見まわしたのち、意を決したように言葉を発する。
「私から……お話しいたします」
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