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彼の口から発せられる怒声を洋子は冷静に聞いていた。
一旦部屋を出て、包丁を隠し持ち、戻ってくる。
「分かりました。正直に言います」
洋子はしおらしい声を出した。
「遥香の本当の父親の名前です」
利勝の顔色が変わり、一瞬、怒りの表情が緩和された。
「いったい、誰なんだ?」
洋子は彼に近づいていく。無防備な夫の顔を見て、大丈夫、と自分に言い聞かせた。
ジャケットの内側から刃渡り十七センチの包丁を引き抜くと、刃先をまっすぐ前に伸ばした。
ぷすっ、と鈍い音がして彼の腹にめりこんでいく。思ったより力はいらなかった。引き抜いて上段から斬りつける。
「何をする」
と叫びながら床を転がって逃げ回る彼を、背中から何度も刺し貫いた。
とにかく必死だった。詳細はほとんど覚えていない。
ようやく彼が息絶えたのを確認し、安堵して振り返ると、入口のところに城之内正道が立っていた。
フードつきのコートを着て、大きなバッグを抱え持ち、手にはビニール製の手袋がはめられている。
洋子は驚きのあまり、わっ、と声を発して尻餅をついた。
意味が分からなかった。
なぜ城之内がこんなところにいるのだ。どうやって入ってきた――。
その理由は、彼の口から明かされた。
城之内は映画の出資を利勝に頼んだものの断られ、半ば自暴自棄になって窓を破って侵入してきたのだという。
「力づくで出資を迫るつもりだった。奴にはそれだけの貸しがある」
ところが押し入ってみると、利勝は血の海の中で絶命していたというわけだ。
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