プロローグ 女医・蔵本和子

1/3
前へ
/297ページ
次へ

プロローグ 女医・蔵本和子

 蔵本和子(くらもとかずこ)は、その患者が入ってきた時から妙に落ち着かない気持ちになった。  ノーメイクで、伏し目がちの陰鬱な表情は、和子の知る快活であけっぴろげなイメージとは真逆だったが、それでも一目で分かった。  白く透き通るような肌に、大きく可憐な瞳が印象的で、鼻梁はやや低めだが、それがかえって自然な可愛らしさを醸している。 「結婚して二年が経ちますが、いっこうに子宝に恵まれません。不妊症の検査をしていただきたいのです」  思いつめた顔で、患者は言った。  その表情と声のトーンから、相当に追い詰められた心理状態にあることは容易に想像がついた。  一般的に、避妊せずに一年が経過しても子供ができなければ、不妊症と定義づけられる。  長年、不妊カップルを診つづけてきた和子には、それがどれほど深刻で闇の深い問題か、嫌というほど分かっている。  原因とされる側は、配偶者やその両親に対して引け目や罪悪感を抱かずにはいられない。誰にも苦悩を相談できず、心を病んでいく例も多い。  表立って取り上げられることの少ない話題だが、深刻な社会問題だと常々感じている。  しかし和子は、目の前の患者が不妊の原因を自分にあると(はな)から決めてかかっている点が気にかかった。 「不妊は女性側だけの問題ではありません。夫の側に因子があるケースも多いのですよ」  両者が共に検査を受けて原因を探ることが大切だと和子はつづけた。 「夫は問題がないのです」 「もう検査をされたのですか?」
/297ページ

最初のコメントを投稿しよう!

112人が本棚に入れています
本棚に追加