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2022/1/3
2021年中に公開だ!
と頑張った結果、不明瞭な作品になりました。
後悔して意味が変わらない程度に追記修正しました。
ゴメンナサイ。
今年もよろしくお願いします。
筆者
*******
以下本文
梅雨が明けたある日、庭の古井戸を覗き込もうとしていた私の肩が、がっちりと掴まれた。
「千夏。何してる」
振り返ると、幼馴染の圭介が目を見開いて私を見下ろしていた。
「圭介。どうしたの」
「……母屋にお邪魔したら誰もいなかったから。蓋、閉めるよ」
圭介は、私が苦労して大きく開いたコンクリート製の井戸の蓋を押し、どんどん閉め始めた。
「待って。井戸水が出なくなったから見てたの。ポンプは動いてるのに」
「だからって蓋をこんなに開くなんて、落ちたらどうするの」
「大きく開かないと、暗くて底が見えないもの」
圭介は手を止めると立ち上がり、私を風の通る大楠の木陰に追いやった。
近くのクマゼミたちが黙り込んだ。
「そういうのは相談しなよ。俺でも植木屋でも、出入りの業者に。必要なら専門の業者を紹介する。井戸に不用意に頭を突っ込む千夏なんか、すぐに落ちるんだから」
叱られて、けなされた。
「……怒らないで、圭介」
初めて目にする圭介の怒り顔を恐る恐る見上げると、圭介は気まずそうに目を逸らした。
「怒ってない。深さが何十メートルもある上に、千夏のご先祖だって落ちた危ない井戸なんだ」
「先祖?」
誰だろうと首を傾げ、思い当たった。
「湧き水伝説のことなら、それは……落ちたんじゃなくて、生け贄として落としたんだよ」
生け贄を捧げた現場で子孫が口にするには生々しい言葉だと感じながらも、私は圭介を安心させたくて訂正した。
「俺だってそんな伝説、どこまで本当か分からないのは知ってるけど、でも少しは真実が混ざってるものだろ」
「……分からない」
私が反論できなくなると、圭介はため息をついてゆっくりと腰を下ろした。
「井戸に水があるか知りたいなら、ほら千夏、こうやって音を聞けばいいんだよ」
けんか腰から一転し、沈んだ口調で石を拾い始めた彼に、私は困惑した。
「圭介。今日は……どうかした?」
「別に」
石を手にした圭介はどこか悲しそうな顔で立ち上がり、井戸端に歩み寄った。
そして井戸の蓋を十センチほど開くと、私を手招きした。
「石を落とすよ。耳を澄ませて」
私は息をつめて圭介が落とした石を見送り、音が聞こえるのを待った。
水音が聞こえますように。
じいっと待ち、思わずまばたきしそうになった頃に、乾いた音が返ってきた。
「どう」
「……水の音は聞こえなかった」
「ふむ。やっぱり涸れたんじゃないか」
「そんな」
私は、井戸の中を確かめたくて仕方なくなった。
衝動的に蓋を開こうとすると、圭介に手をつかまれ、邪魔された。
「千夏」
私は頭を垂れて、小石混じりのコンクリートの蓋にゴリゴリと額をすり付けた。
「千夏。どうした」
狭いすき間から暗闇をのぞき込むと、井戸の底からヒヤリとした手の感触が迎えに来て、私の頬をなでた。
この手が何か、私は知っていた。
圭介と会いたくて苦しかったとき、私と一緒にいてくれた手。
私が圭介を選んだから、いなくなってしまった。
「……ここにいたのね」
井戸の中に反響する自分の声にうっとしりていると、後ろから首が締まるほど襟首を引かれた。
圭介だった。
「千夏。頭でコンクリ割りとは。人間ハツリ機か」
冷たい声に我に返ると、ずきずきと額が痛み始めた。
「痛い……」
「大丈夫か」
圭介はぴっちりと蓋を閉めると、右手を伸ばして私の額と両目を少しの間覆ってくれた。
汗ばんだ手がヒヤリとして心地よかった。
「……蚊に刺されるよ。井戸の事は後で考えるとして、行こう」
「うん」
私たちは母屋の方へ歩き始めた。
「そういえば、圭介は何の用事なんだっけ」
「……そっちからメシに誘って来ておいて、一か月も連絡をくれない」
「あ」
忘れていたわけではなかった。
言葉に詰まっていると、表情を消した圭介が申し出た。
「だから、俺を誘ったのを後悔してるなら、食事は無理しないでって言いに来た」
私は圭介をまじまじと見た。
「違う……ごめんなさい。私から誘ったのに、恥ずかしくなって連絡できなかっただけだから」
考える余裕もなく白状すると、圭介は前を向いたまま、耳まで赤くなった。
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