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おー、さみーさみー、と言いながら主人が乗り込んできた。
息が白くなっていて、外の気温がかなり低いことを示している。雪こそ降ってはいないが、2度、3度、といった温度なのだろう。
12月20日。夜の空は空気が冷たい。
主人がキーを差し込んで回すと、うめき声のような音を立ててエンジンが動き出した。
寒いのが苦手なのは人間だけじゃない。
車だってそうだ。窓ガラスが凍るのは辛いものだ。
吹き出し口から暖かい風が流れ出すのだが、なかなか車内の温度は上がらない。
主人は両手を当てて、何度も揉み手をしている。
「なんか、妙に寒いな。車の中の方が冷えるんじゃねえか」
身震いをした後そう独り言を発し、ハンドルを握る。
もう70近い老人ではあるが、まだまだボケてはいない。白い髪の毛を掻きながら主人は運転を始めた。
時刻は六時過ぎ。辺りは暗闇に包まれていた。
その闇を切り裂くようにライトが車道を照らす。
主人は紺色の作業着の上にジャンパーを羽織っている。ただ、それでも寒さは凌げないようだ。今夜は雪が降るかもしれない。そんな寒さ。
車は人気の少ない夜道を走行していた。車体の揺れに合わせるように私の体も小刻みに震える。しばらくすると車は路肩に停車した。
なんだろうか、そう思っていると主人はポケットから小銭を出して近くにあった自販機を見ている。
缶コーヒーでも買って温まろうとしているみたいだ。
ドアを開けると少ししてガシャンという音が聞こえ、ホットコーヒーを頬に当てながら主人が戻ってきた。
「生き返るなー」
ポシュッという音とともにコーヒーを飲む主人は満足気な表情を浮かべている。
ドリンクホルダーに缶コーヒーを置き、主人はアクセルを踏んで発進させた。
車内にはポップなアニメソングが流れている。年寄りには不釣り合いなアップテンポの楽曲だ。おそらく、孫のために勉強しているのだろう。
以前、電話で話しているのを聞いたことがある。ハンズフリーにして運転中に孫の声を聞いていた。
『じいじ、ねこマロちゃん元気にしてる?』
『ねこマロちゃん? ああ、ちゃんと車に付けてるよ。ルームミラーのところにぶら下げてるから、大丈夫。綾香がくれたものだからね。じいじ、大切にするよ』
『かわいいでしょ? ねことマシュマロが合体したの。無くしちゃダメだよ絶対』
『大事にするよ。ありがとうね』
その時の主人の顔は気持ち悪いぐらいに幸せそうだった。
『電話、ママに代わるね』
『あ、もしもしお父さん? もしかして運転中?』
電話の声が娘の明日香へと代わる。すると先程まであんなにデレデレとした声を出していた主人の態度が変化した。
『ああ運転中だ。でもハンズフリーだから大丈夫だ』
『大丈夫って、ちゃんと路肩に車停めてから電話してよね。危ないでしょ。お父さん、もう若くないんだから、そういうところはちゃんとしてよ。そうだ、私が送ってあげたドライブレコーダー、使ってる?』
『ああ、あれか』
『あれかじゃないわよ。どうせまだ封も開けてないんでしょお父さんのことだから。本当に面倒くさがり屋なんだから。ちゃんと付けてよね。
ねぇお父さん、もういい加減、こっちに来て一緒に暮らしたら? 一人だと何かあってからじゃ遅いんだからね』
『うるさいやつだな。わかってるよ。もう電話切るぞ』
『あ、ちょっとお父さん』
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