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私はまず、ご年配の夫婦に目標を定めた。買い物をし終えて、二人で荷物を分けて持ち、これから歩いて帰るようだ。とても買ってもらえるとは思えない。ただ、夫の方がチラっとこちらを見たのを私は見逃さなかった。
「のし餅、いかがですか?すごく伸びがいいんです。切り餅とは比べ物にならないくらい。」
奥さんが、いらないわよ、行きましょうと夫を急かす。夫はやっぱり名残惜しそうにこちらを見ている。
「ここは、奥様に興味を持たせないと。」
花霞さんが小声でアドバイスをしてくる。
「おおお、奥様ー!」
私は焦ってダイレクトに奥様に話しかけてしまって、更に焦る。ため息をつきながら花霞さんが口を開く。
「奥様、素敵な佇まいですけれど、もしかしたら東北のご出身とかではないですか?」
あら、わかる?私、山形の出身なの。と奥様がこちらを振り向く。
「わかります。東北のご出身の方は、身にまとう空気が違います。なんというか内に秘めた強さを感じるというか。私の祖母も山形出身なんですよ。」
あら、そうなの。お婆様はどちら?と聞くと花霞さんは、海側の枝豆が有名な市ですと返す。そう、あそこ。私は牛肉の名前になってるあそこの市なの、と奥様がテントの前まで来る。
「山形と言えば、このお餅の餅米は山形県産なんですよ。」
じゃあ買っていこうよと夫がすかさず提案する。そうね、と奥様が鞄に手を入れて財布を出す。
私はもう一言と欲張ろうとしたけれど、花霞さんが腕に手を添え「待て」と暗に伝えてきたので開いた口で「ありがとうございます。」とだけ言った。
「荷物、増やしちゃってかえって悪かったですね。」
「いいじゃない。お買い物はお客様の責任なんだから。買う決断はお客様がするの、私たちはその気持ちをちょっと押してあげただけ。夫はすごく、のし餅、買いたそうだったもの。」
この人のおばあちゃんは山形県の出身ではないだろうなとはわかったけれど、そんなことは聞くまでもない。今の私たちにはのし餅をどう売るかが勝負なのだ。
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