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始まりの草原
瞼の向こうにチラチラと光を感じた。まるで懐中電灯で悪戯でもされているかのような感覚だったが、薄く瞼を開けた時、それがそばに生えている大樹の木漏れ日だったことに気がついた。どうやらあまりの天気の良さに、木陰で一休みしているうちに眠りの底へ落ちてしまったらしい。
周囲を見回すと、視界一面に草原が広がっており、その中心にぽつんと一本この大樹が生えている。柔らかな風が少しの青臭さと共に頬を撫でて行く。大樹のどこかにいるのだろうか、姿は見えないが小鳥のさえずりが耳をくすぐった。
寝ぼけた頭でぼんやりと考える。……あれ。……ここどこ?
そこで異変に気がついた。“記憶がない“のだ。慌てて今に至るまでの過程を思い出そうと頭の中を探るが、何もない。何もないというのは比喩ではなく、本当に“全く記憶が無い“のだ。思い出せるのは自身の「ヨウ」という名前と、生まれ故郷が「日本」であること。それ以外、今までどのように生活していたとか、家族のことも、それどころか自身の年齢や容姿すら思い出せない。一体どうしてしまったのだろうか。
ようやく冴えてきた頭で、自身がいわゆる記憶喪失であると自覚して、唖然とする。とにかく、誰か周囲の人間に状況を説明して助けを求めよう。このままでは何も無い草原で一生野宿することになってしまう。周囲を見回すが、果てしなく草原が広がるだけで誰一人として見つからない。遠くに街が見えるが、徒歩で向かうにはかなりきつい。
しばらく周囲を歩き回ってみたが、やはり人の気配はなく、先ほど見つけた街以外の方角は草原が続くばかりだ。一体日本のどこにこんな広大な土地があるのだろうか。よほど田舎に来てしまったらしい。
太陽はすでに傾き始めている。現在時刻は14時頃だろうか日没まではまだ時間があるものの、ここに居ても状況は好転しない気がした。他に当てもない。仕方なく街へ向かう決心をして歩き出した。
全然近付いていない気がする街を眺めながら、歩く。道中特にやることもないし、話し相手もいない。ぼんやりと「ヨウ」って変な名前だなぁ、などと考えながら、ふと、自身の服装に違和感を覚えた。先ほどまでプチパニックを起こしていた為、気がつかなかった様だ。使い込まれた天然皮の様な材質のズボンに上着、シャツは白の丸首だが、こちらもあまり触れたことのない材質だ。繊維質なのに柔らかく、よく伸びるが破れない。左手首には何か透明な宝石のようなものが埋め込まれた腕輪をはめている。腕の太さにピッタリとはまっているが、どうやって腕に装着したのだろうか。外そうとしてもピクリとも動かないが、不思議と締め付けられている感触はない、これまた未知の材料を使用している様だ。そして何よりも驚いたのは、ズボンのベルトに取り付けられていたナイフだ。腰の右側、丁度手を自然に下ろすとナイフの柄に手がかかる。恐る恐る鞘から抜いてみると、刀身は見事に手入れされており、太陽にかざすとうっすら透けていた。
銃刀法違反だろ。なんて場違いな考えが頭を通過していく。この服装、そしてこの装備。思い出すのは子供の頃にプレイしたゲームの初期装備だ。そう言えば、最初の大樹の草原も街以外の方角には何もなかった。あれも初期ステージっぽい。もしかして、ゲームの世界? いや、そんな馬鹿な。またしてもパニックだ。
先ほどまでよりはほんの少しだけ街が近付いた。建物の形がぼんやりと分かる。どうやら煉瓦や石を積んだ構造のものばかりらしい。日本ではまず間違いなく建築できない。ゲームの世界かはともかく、ここが日本ではないのは間違いなさそうだ。
正面から人影が現れたのは、その時だった。
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