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橋の上から見る水面は、不穏気にゆらゆらとたゆたっていた。足元を風が吹きすさぶ。指先はとうに冷えて、感覚がなくなってしまっていた。車のライトが灯り始める。僕は目を閉じて、通り抜けていく風の音を瞬間聞きわけようとした。
ただ静かな諦念が、足元からゆっくりと僕を呑みこもうとしていた。いくつかの風景が断片的に、内側を通りすぎていく。けれど僕の心には、何の痕跡も残さなかった。
僕は世界の誰からも、必要とされていなかった。そう思って苦笑する。とても穏やかな気持ちだった。こんなにも落ちついて、笑いだしたいくらいの高揚に包まれるのは、たぶん生まれて初めてだった。ゲームをリセットする時間は、今刻々と近づいている。
(やっと、すべてを終わりにできる)
僕は誰に合図されるわけでもなく橋の欄干を乗り越えると、そっと足を踏みだした。
どこか遠くで星が流れて。
一瞬でも、空を飛んだ気がするだろうか――なんて思う間もなく落下して、予想以上に硬く冷たい水面に、僕は叩きつけられた。
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