その言葉は楔となって

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(一瞬でも、空を飛んだ気がするだろうか) 『空を飛んでる気がしない?』  誰かがそう言っていた。  どこかで星が流れ落ちる。 たったひとつだけ僕が、守りたいと思ったもの。 不意に画面が切り替わって――  僕は教室のなかにいた。 体が透明になっていて、その光景を浮かんだまま俯瞰するように眺めていた。 朝のホームルームの時間。 担任が沈痛な面持ちで、 「このクラスの御幡蒼さんが、橋の上から落ちて亡くなりました」  と告げていた。  僕は――そうなのか、と思った。 不意にざわつく教室の喧騒も気にならなかった。僕はやっと自分を終わらせることができたのだ。それなのに、どうして胸が軋むんだろう。僕は何かを願ったはずだ。遠くはかない祈りだった。届かないはずの声だった。それが一体何なのか、僕はまだ思いだせない。  不穏な空気に混ざって、クラスメイトの一人が言った。 「なんで死んだか知らないけど、メーワクな話だよね。全校集会は開かれるし、話し合いで遅くなるし」  僕はひっそり苦笑する。  それは、その通りなのだろう。誰にも迷惑をかけない生がないように、誰も干渉しない死も、きっと存在しないのだ。  放課後、一人のクラスメイトが一冊のノートを眺めていた。なぜか、目が吸い寄せられる。それは、僕のものだった。机の引き出しに入っていた、B5サイズの小さなノート。彼女はしばらく眺めると、そのノートを持ちさった。
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