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「さようなら、蒼くん」
彼女は、そうつぶやいた。
まるで僕のことを知っているような声だった。胸がはりさけそうになる。
(そうだ――僕は彼女に、何かを伝えたかったんだ)
別れ際にしか言えない言葉を。ずっと燻っていた気持ちを。全部伝えておきたくて、でもそれはできなくて。だから今も焦がれるように、見つめることしかできないんだ。一番大切なものが彼女のなかにある気がして、ずっと探せないままなんだ。
彼女の面影を知っていた。
きっと遠い夏の日から。
彼女は学校を後にして、ひとり下校する途中だった。横顔が泣いているように見えて。
その姿に揺さぶられる。こぼれ落ちそうな涙を拭いたいと思ってしまう。
前にもどこかで僕は、そう思った気がしていた。
横断歩道を渡る途中、点滅した信号の青が赤に切り替わる。
彼女の行く手に重なるように、大型の乗用車がスピードを上げているのが分かって、
言葉にならない焦燥にかられて、たったひとつの名前が、頭のなかを突き抜けた。
「――光琉!」
彼女はゆっくりふりむいた。
その声がまるで聞こえたように、
互いの視線が交錯する。
「あ、おいくん……?」
僕の名前を呼んだ、
直後、
甲高いブレーキ音がして、僕の視界は閉ざされた。
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