君が覚えていなくても

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 彼女がやってきたのは、暖かな春の午後だった。あまりにも僕が、ぼうっとしていたからだろう。現れた彼女は戸惑うように、僕を見つめたまま言った。 「御幡くん、覚えてる? 同じクラスだったんだけど……」  聞き覚えのある声だった。  僕が何も言えないでいると、 「自殺しようとしてたって、けっこう騒ぎになったんだよ」  そう言葉がつけ足されて、初めて彼女に視線を向けた。  濃紺の制服の名札に、足立〖沙〗と書かれている。 (ああ、そうか。僕は……)  十二月の半ばに橋の上から飛び降りて、川底に沈む予定だった。でも、足が地を離れて、夜に吸い込まれたせつな――僕も知らないどこかの『僕』が、「死んではいけない」と叫んでいた。どうしてそんな衝動が湧きおこるのか分からないまま。  水面に叩きつけられて、ずっと――終わらない夢を見ていた。届かない光に焦がれるような、涙がとまらなくなるような哀切だけを覚えていた。 「思いだした?」  足立という名字の彼女は、僕の顔をのぞきこむ。 「君は川岸にいたんだって。たまたま通りがかった人が見つけて通報したらしいよ。本当に助かってよかったよね」  そうだ。「死ねない」と思って、夢中で手足を動かして。凍えそうに冷たくて。息が続かなくなって意識を失ったことは覚えていた。夢のなかの僕は、誰かと時間を共有していた。『彼女』が世界から消える夢。僕は彼女の死を、悼むことしかできなくて――
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