君が覚えていなくても

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「今は、いつだ」 「え? 三月二十六日だけど」 三月の終わり。  確かそのとき―― 「誰か事故に遭わなかった?」  夢と現実が交差して、鼓動が徐々に速くなる。 「――え?」  消えそうな横顔が瞬間、浮かんで。 「光琉……」  その名前を、つぶやいた。 「光琉なら、この前転校したよ」  足立は戸惑いながら答える。 「あれ、なんか意外だな。光琉と仲よかったっけ」 「交通事故で死んでないよね?」  そう言うと足立は明らかに、とても嫌そうな顔をした。 「縁起でもないこと言わないでよ。自分こそ死にそうだったんでしょ」  そうか――あれは、夢だったんだ。  それなのに僕は、なぜか世界に救われたような、たったひとつの願いが、聞きとげられたような気がして。  熱い何かが込みあげて、とどめることができなかった。 「よかった……」  涙が眼球を押しあげる。  女子の前で泣くなんて不甲斐なさすぎるけど、どうすることもできなかった。泣きたくなんかなかったのに。 「死んだのかと思ったんだ……」  絞り出すような声で、かろうじてそう口にする。  足立は驚いたように、あっけに取られた顔で僕のことを見つめていた。 「えっと……よく分からないけど、光琉のこと好きなんだ?」 「いや、ちょっと安心して」  今さら泣いたのが恥ずかしくなって、僕は無理に微笑んだ。 「元気にしているなら、よかった」  橋から落ちたのが十二月で、今は三月の終わりだった。春が来るまでずっと、僕は意識不明のまま。予断を許さない状況で生死の淵をさまよっていた。真冬に川に飛び込んで、命があるのは奇跡だった。  あとから知ったことだけど、橋の上から飛び降りたその日は、ふたご座流星群が極大になる夜だった。その星が流れていった軌跡を、僕は知っている気がしていた。夢のなかで――あれは本当に、全部夢だったんだろうか? そう。彼女の名前は『光琉』だった。ほとんど話したことのないクラスメイトだったはずだ。それなのになぜこんなにも、特別な気がするんだろう。     彼女が生きていることが、こんなにも嬉しいのだろう。
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