【小説】死後の世界でおめでとう!「月下の鬼籍」

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拓真の夢 「ええと…… はい。それなら、お話しましょう。こんなに自分の人生に感動してくださる方がいるとは…… こちらこそ感動ものです」  拓真は困惑したが、この涼香という女性は自分の深い部分まで知って、感動したのだ。生前にこんな女性に出会っていたら、心から信頼し合えたのかも知れない。 「涼香さんの鬼籍を読むと、誕生から亡くなるまで書いてあるので、私も同様に書いてあるのでしょう」 「はい。その通りでした」 「僕は、一人っ子でした。生まれるときに母が妊娠中毒症になり、それがもとで母は身体が弱かったのです。それでお産はもうできない、と言われたそうです。両親は共働きで、ほとんど家にいないので、他人の家に良く預けられました。そんな中でも、幼い頃からヴァイオリンを習っていました。そのヴァイオリンが、自分の一番の友達みたいなもので、いつも弾いていたと思います」 「立派です! それだけで凄いですよ。そんな話、聞いたことがないです」 「いやいや。大人になるまで続けてませんからね…… 12歳になると勉強するため、という理由でやめています。小学校時代は理科の実験が大好きで、外で遊ぶよりも家の中で本を読んだりするのが好きな少年でした」 「でも、亡くなる少し前に、また弾いてますよね」 「ええ。イベントの前座みたいなことを始めて、エレキヴァイオリンのパフォーマンスを始めました。元々基本はできていたので、客寄せのために演奏して、いろんなイベント会場を回っていました」 「一つの芸を磨いて、それで仕事をするなんて、なかなかできないことです。これからどうなっていくか、続きが知りたかったなぁ…… 夢を追う人生って本当に素敵です。私にはなかったものですから…… それに、お笑いもやられていたって…… 芸を磨くことの厳しさや、難しさも書かれていますよ…… 」 「いや。そんなんじゃないですけどね…… まあ、友人とコンビを組んで、高校生のときから漫才みたいなことをやっていました。落語も好きなので、落研を作って毎日練習したりして…… 楽しかったなぁ…… 」  相席していた、赤い方の鬼がこちらを見た。 「失礼ですが、すみません。お話が聞こえてしまったので、気になったものですからね…… ヴァイオリンを弾かれるのですか? 」 「はい。ご興味がおありですか? 」 「実は…… 私は生前オーケストラをやっていましてね…… いや、懐かしいな」  意外だった。地獄の門で働く鬼からは、想像しづらいプロフィールである。 「へえ。そうですか。楽器は何ですか? 」 「実はね…… 指揮者です」  青鬼がビックリ仰天した、という顔をした。 「ええっ! そんな話初めて聞いたぞ。赤よ、隠してたのかい? 」 「いや、そうじゃないけどさぁ。こんな形して、指揮者もないと思ってね…… 」  鬼がどんな経緯でここの仕事をすることになったのか、気になってきた。生前オーケストラを指揮していたなんて、並みの人間ではできないことだ。 「あの…… 気になって仕方がなくて…… その…… 指揮者をされていた方が、なぜ鬼になったのかが…… 」  涼香が遠慮がちに聞いた。 「ああ…… 別に構いませんよ。実は、あなた方が多分これから行く、地球住民課で決められたのです」 「もしかして、鬼になる場合もあるのですか? 」 「ええ。一応鬼も人間の一種と考えられています」  人間に転生するものだと思い込んでいたが、鬼も人間の一種であるならば、自分がここで働く可能性もあるわけだ。  これは、事情が大きく変わってきたぞ、と思った。 「それでは、地球へ戻るとは限らないという事ですね…… 」 「まあまあ。そうがっかりなさらないで…… 場合によっては我々のように働いて、順番待ちしてから転生する事もあるんですよ」 「なるほど。すると、どんな基準で転生の順番が決まるんでしょうか…… 」 「まあ、我々鬼は下っ端だから、詳しいことはわかりませんけどね。噂では、その人が良い子孫を残すかにかかっているとか…… 」  赤鬼が、急に高潔な文化人に見えてきた。実際、指揮者をしていたとしたら、クラシック音楽ファンの憧れの的だ。 「近頃、地球では人間の遺伝子が傷ついてきて、謎の病気が流行り出したり、発達障害が増えたりし始めていますからね。転生させる人間を、慎重に選ぶんですよ」  青鬼は知的な話し方をする。赤鬼と一緒にいるせいか、こちらも只者ではないような気がしてきた。
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