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地獄の門
「おめでとうございます。来世も人間に生まれ替われるそうですよ」
地獄の門の入口のカウンターで、拓真は顔をほころばせた。
地獄の役人たちが、忙しそうに走り回る中、担当になった鬼が教えてくれた。
「どんな理由で決まったのか、どこに転生するのかなど詳しい説明とか、あるんでしょうか…… 」
「ご心配なく。近頃は地獄の役所も、デジタル化が進みましてね。情報はきちんと開示しています。その前に、転生先を決めるための審査がございます」
「はぁ。審査ですか…… 」
「詳しくは、地球住民課の転生担当までお問い合わせください。こちらの封筒に必要な書類とご案内が、ございますので」
「そうですか。ご丁寧にありがとうございます」
「では。良い人生を」
地獄の門と呼ばれているこの市役所のような施設は、突然死んでしまって迷い込む人が多い。
自殺した人は、更生施設へ入ったり、病院で魂のケアを受けるようだ。
また殺人など重大な犯罪を犯した人は、直接閻魔庁へ送致されて、裁判が行われる。
そして、生前穏やかに暮らし、天寿を全うした人は天国の門へ天使に導かれて行くようだ。
死んでみて分かったことが、たくさんあった。
「考えてみれば、世界中で毎日20万人くらい死んでいるんだからな…… 人間をデジタル化して管理しないと対応できないだろうな…… 俺は役人から直接書類を貰えただけラッキーかも知れない」
待合室の椅子に腰かけて、書類を広げた。
「ええと…… これが見取り図か。地球住民課…… あった。7階だな」
中央にエレベーターホールがある。ずらりと並んだ扉の横に、行先の階が表示してあった。
「う~ん…… 100階以上の高層階もあるのか…… 7階に止まるのは、っと…… 」
目当てのエレベーター前には長蛇の列ができていた。
「ありゃぁ…… これじゃあ。エスカレーターを使った方が速いな」
エレベーターホールに入る前、横にエスカレーターが見えた。
引き返すとエスカレーターに乗ろうとした。
「あの…… すみません」
拓真は20歳になったばかりだったが、同い年くらいの女の子が声をかけてきたので立ち止まった。
「私、地球住民課に行くように言われたのですが、エスカレーターで行った方が良いでしょうか? 」
「ああ。僕は今エレベーターホールを見てきたんだけどね。長蛇の列で、とてもじゃないけど乗れそうもなかったから、エスカレーターにしようと思ったところだよ」
「良かった。私、初めてで…… って…… 当たり前ですよね」
照れくさそうに笑うと、一緒にエスカレーターに乗り込んだ。
「私、宮田涼香です。一人で心細かったので、親切な方がいて良かったです」
「ちょうど7階の地球住民課へ行くところだったから一緒に行きましょう。僕は新井拓真です」
「これから審査があるって聞いたんですけど、もしかして…… 」
「僕もです」
「中の書類、ご覧になりましたか? 」
「いや。とりあえず場所だけ調べて、来たところです」
「自分の履歴が細かく書いてあるんです」
「へえ。着いたら見てみようかな…… 」
「あの…… もしよかったら、地球住民課へ行く前に、お話しませんか? 」
思いがけず、話し相手ができたので付き合ってもいいと思った。
ここへ来てから、一息つく間もなく流れ作業で手続きをしたり、待たされたりして、ちょっと疲れた。
「そうだね。せっかくだから他の人の人生も知りたいな」
「うふふ。私もそう思ったんです。自分の人生を振り返ると、他人とどう違うのかが、気になって来たんです」
「まあ、僕なんて大した人間じゃないけどね」
「きっと面白いと思いますよ」
2人は5階にある休憩所のような、広い談話スペースで一休みすることにした。
ちょうど窓際の、丸テーブルが1つ空いていた。
「ここにしましょう」
「ええ。眺めが良いところですね」
「5階まで登ると、結構遠くまで見えるもんですね…… 」
1キロ位離れた所に燃え盛る炎のようなモニュメントと、大きなビルが見えた。
「あっ。あれが多分閻魔庁ですよ! 」
「うわあ。あのモニュメントがちょっと怖いですね」
「殺人などの犯罪を犯した人が、裁判を受けるらしいですよ」
「閻魔庁の向こうに、池と山がありますね。もしかして…… 」
「多分血の池地獄と、針山地獄でしょう…… 」
「ひゃあ! いい子にしていてよかった…… 」
こんなやり取りをしていると、鬼2人組が近づいてきた。
「あのう…… 座席が空いていなくて、申し訳ありませんが、相席してよろしいでしょうか」
赤い服を着た鬼が丁寧に、頭を下げた。
ちょうど4人掛けなので2つ空いている。
「どうぞ」
拓真はにこやかに答えた。
「どうもすみません」
青い服の鬼も、ぺこりと礼をした。
「ふう…… やっと一息付けるな」
「赤よ、こう鬼使いが荒くっちゃぁ、やってられんよ」
「そうボヤくなって。青、ここで働いてるお陰で、飯が食えるんだぜ」
鬼たちは、休憩しに来た様子だった。
「それじゃあ、僕の書類を読んでみます」
「あの…… もしよかったら交換してみません? 」
いたずらな笑顔を見せて、書類を指さした。
「そうか。他人との違いが気になるって、言ってましたね。やってみますか」
拓真と涼香はそれぞれの書類を手渡して交換した。
「なんだか、ドキドキしますね」
「まあ。ここで会ったのも多生の縁ですから、何か接点があるかも知れませんよ」
各々、しばらく黙って読みふけっていた。
「鬼籍」と大きく1ページ目に書いてあり、その下に生年月日と没年月日、そして氏名がある。全部でA4用紙25枚分くらいにまとめられていて、短編小説1本分くらいあった……
「う~ん。これはまるで、ドラマの台本みたいだなぁ」
ふと涼香の横顔を見ると、頬に涙が伝っていた……
時々涙をハンカチで拭きながら、眼が書類に釘付けになっている……
「そんなに感動的なことが、書いてあるのかな…… 」
自分の人生の方も気になったが、続きを読み始めた……
「なっ。なぜこんな…… 」
拓真も思わず涙ぐんだ……
読み終わったときには、30分ほど経っていた。
「拓真さん。すごい。素晴らしいです。なぜ、あなたのような方が、亡くなってしまったのか…… 私、無念です。こんなの…… よかったら、お話を聞かせてくださいませんか」
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